第590話 意外な騒動


 紅焔さん達は、カステラさんと辛子さんは些細な事で喧嘩していたという風に言ってたような気がするんだけど、派閥争いだとかある種の戦争だとか言ってて意味が分からなくなってきた……。


「あぁ、うん、今の紅焔の言い方だと混乱して当然だね。あれだよ、あれ。お菓子の派閥争いさ」

「ちょっとした雑談で話題に出たんですが、カステラがたけのこ派で、辛子がきのこ派でしてね……」

「それで言い争いになって、模擬戦で決着って話になってな? ……それで決着になる理由がいまいち分からないんだけどな」

「あー、なるほど、そういう理由……」


 俺自身はそこまでこだわりは特にないんだけど、きのことたけのこをモチーフにしたお菓子で派閥争いってのは時々話題にはなってるもんな。……紅焔さんの言うように、模擬戦で何の決着がつくのかよく分からないけど、カステラさんと辛子さんにとっては譲れない一線なのかもね……。


「……あはは、決着がつく前に聞かなくて良かったかな」

「まさかお菓子が原因だとはね……。うん、私もそう思う」

「辛子さん、何で負けてんだ!」

「アル!?」

「……ほう? アルマース、お前はきのこ派か」

「……ベスタはたけのこ派のようだな」

「ベスタまで!?」


 いや、ちょっと待って。ここでもなんだかお菓子の派閥対立が発生したんだけど、これってどうすりゃいいの!? いやいや、なんでアルとベスタが睨み合い始めた!?  え、そこまでのこだわりがあるの?

 というか、いつの間にか結構人が増えてたんだな。中継を見ている最中に樹洞の中へと入ってきていた人が結構いるみたいだけど、いるのは灰の群集だけか。


「話は聞かせてもらったぜ、リーダー。たけのこ派としては黙っていられねぇな」

「おうおう、そういう勝負だったって事か。負けてんじゃねぇか、きのこ派」

「うっせぇ! そういう勝負だったとは知らなかったんだよ」

「よくやったぜ、カステラさん!」

「……何やってんだよ、甘口辛子!」

「貴様、きのこ派か!?」

「ちょっと待て、たけのこのプレイヤーがきのこ派だと!?」

「それは全く別物の話だろうが!」


 うわー、なんだか中継をしている桜花さんの樹洞の中でアルとベスタを筆頭にして、勢力が2分されて行くんだけど……。えー、この状況ってどうすりゃいいの? 普段ならこういう時に抑えてくれそうなベスタがたけのこ派の筆頭にいるのが非常にマズい気がする……。

 っていうか、絶対悪ノリしてる奴が混じってるよな、この状況! 俺らと紅焔さん達以外が二分されているって明らかにおかしいだろ!? 


「えーと、これはどうしたら良いのかな?」

「……あはは、どうしたらいいんだろうね?」

「……これは困りましたね」

「まさかの状況になってしまったものだね、これは……」


 うん、サヤもヨッシさんもライルさんもソラさんも困惑してるね。まぁ当然の反応ではあるか。さてと冗談抜きこの状況をどうにか抑えないと、次の風雷コンビの中継を見るどころではなくなるな。


「紅焔さん、これどうすんの?」

「……悪い、流石にこの事態は俺も全く想像してなかった。まさかアルマースさんとベスタさんが筆頭になるとは……」

「あー、ケイさん、紅焔さん、ちょっと良いか?」

「「桜花さん、何か策があるのか!?」」


 あ、思いっきり紅焔さんと台詞が被った。なるほど、どうにかする手段を欲しているのは紅焔さんも同じなんだね。

 それにしても桜花さんの声音がいつもより少し低かったのが気になる……。まぁ何か考えがあるみたいだし、樹洞内の隅っこで待機している桜花さんのメジロの方へと移動しよう。


「……不幸中の幸いだな。気兼ねなく楽しめるように樹洞内は灰の群集だけにしといて良かったぜ」

「お、桜花さん……?」

「……なんか怒ってるか、桜花さん?」

「ここは俺の場所だ。俺が許す。最大威力でぶっ放せ」


 メジロの近くまで行って小声でそのように言われたけども、桜花さんがキレてるみたいで怖っ!? 俺と紅焔さんでぶっ放せって事はあれかー。前にもあったな、これ。……あの時はベスタに指示されてやったけど、まぁ効果的なのは間違いないか。


「……これは逃げないと巻き添えになりそうですね!」

「そうみたいだね。逃げようか、ライル、サヤさん、ヨッシさん」

「賛成かな!」

「そだね。すぐに退避しよう」


 そうして4人は樹洞の入り口へ向かって退避を始めていく。まぁダメージはないとはいえ、巻き込まれずに済むならその方が良いもんな。

 それにしてもアルは今の会話が聞こえてないみたいだし、ベスタもこちらを気にしている様子もないな。……あのベスタにしては珍しい事もあるもんだね? 


「……やるしかなさそうだな、ケイさん」

「あんまり気は進まないけど……仕方ない、やるか」

「それじゃケイさん、乗ってくれ。上から落とす形でやろう。『大型化』!」

「ほいよっと」

「んじゃ、いくぜ。『ファイアクリエイト』!」

「おう!」


 いつもは止めてくれる側のベスタがこの調子だとどうしようもないので、桜花さんの怒りの代行として昇華魔法をぶっ放すのみ。大型化した紅焔さんの頭の上に乗って、樹洞の最上部ぎりぎりまで飛んでいく。さてと、ショック療法といきますか!


<行動値1と魔力値3消費して『水魔法Lv1:アクアクリエイト』を発動します> 行動値 72/73 : 魔力値 203/206


「あれ? ヨッシさん達、入り口の前でどうしたの?」

「あ、ラックさん、今入っちゃ駄目かな!? ヨッシ!」

「うん、分かってる!」

「え、何で? 桜花さん、お願いしてた瘴気石を――」


 げっ、このタイミングで無関係なラックさんが入ってきた!? やべ、もう水を生成して火と重なるから止まらないぞ!?


<『昇華魔法:スチームエクスプロージョン』の発動の為に、全魔力値を消費します> 魔力値 0/206


「『アイスウォール』!」

「きゃ! え、え、何?」


 ヨッシさんが慌ててラックさんに氷の防壁を展開してくれると同時に盛大な爆音と共に水蒸気爆発が樹洞の中で発生した。


「な、なんだ!?」

「おい、誰だ! こんな中で昇華魔法をぶっ放したやつ!」

「あー、びっくりしたなー。誰だよ、たけのこ派の仕業か?」

「勝手に冤罪擦り付けてんじゃねぇよ! それこそきのこ派の仕業じゃねぇのか!?」

「んだと!?」

「わー!? 待った、待った!」

「……ちょっと悪ふざけが過ぎたか?」

「……あー、何やってんだ、俺は……。ベスタ、悪い……」

「……いや、今回は俺もどうかしていた」


 あー、アルとベスタ、それと便乗して悪ノリをしていた人については少し収まったみたいだね。でもまだ一部で言い争いが続いているようだ。……いや、お菓子の派閥争いで本気になりすぎだろ!?


「え? あれ? 何があったの?」

「ラックさん、ちょっと悪いが待っててくれ」

「え、桜花さん? あれ、何か怒ってる……?」

「ラックさん、とりあえずこっちかな!」

「え、サヤさん? 一体何がどうなってるの、これー!?」


 事情が一切分かっていないラックさんは混乱しているまま、サヤによって樹洞の外へと連れ出されていった。……うん、その混乱する気持ちは非常によく分かる。俺としてもなんでこんな状況になっているのか、正直よく分かってないし……。


「……なんかラックさんに悪い事をしたな」

「……そだな。後で謝ろう、紅焔さん」

「……だな」


 非常にタイミングが悪かったとはいえ、ラックさんを驚かせた要因は俺と紅焔さんにもある。……まぁそうでなくても何故か対立状態で睨み合いという変な状況を見る事になって、結局は混乱する事にはなってた気はするけども。


「てめぇら、いい加減にしやがれ! これ以上ここで騒ぎを起こすってんなら、どこの誰だろうと今すぐ締め出して出禁にすんぞ!」

「……あの桜花さんが怒った!?」

「ちょ!? ここの出禁は困る!?」

「え、えぇ!?」

「……うっ、わ、悪かった……」

「……もうしません」


 おぉ!? 桜花さんの今の一喝で、まだ睨み合いをしていた人達も沈静化した。ふむ、桜花さんは怒る事はない印象があったけども、こうやって怒る場合もあるんだね。


「それとベスタさんとアルマースさんは何やってんだ! らしくないにも程があるだろうが!」

「……すまなかった、桜花さん」

「……弁明の余地もない。すまなかった……」

「今回はこれで済ますが、次やったら例えベスタさんやアルマースさんでも容赦なく取引は拒否するからな!」

「……あぁ、分かった」

「……そう言われても仕方ない内容だな。肝に銘じておく」

「なら、よしだ! 他の連中も次はねぇから覚悟しとけ!」


 おー、こういう時は評判の良い商人プレイヤーの桜花さんは強いな。ってちょっと待った!? アルが取引拒否にされたら、俺らも困るじゃん!? 今回は大目に見てくれたけど、何してくれてんの、アル!?


<行動値を10消費して『殴打重衝撃Lv1』を発動します>  行動値 62/73

<『殴打重衝撃Lv1』のチャージを開始します>


 これは流石に納得がいかないので、アルのクジラの脳天に一撃入れておこう。ダメージはないにしても気分の問題だし、思考操作で発動して右のハサミでチャージ開始だ。下にいるアルからは見えないように、紅焔さんに隠れるようにチャージをしていこう。


「……あー、まぁ気持ちは分かるぜ、ケイさん。狙いはアルマースさんで良いんだな? あ、返事をしたら気付かれるだろうから、チャージが終わったら合図してくれ。近くに寄せるからな」


 おっと、紅焔さんが俺の意図を汲み取ってくれたらしい。サヤとヨッシさんが頷いている様子も見えたので、俺を止める気もなさそうだ。

 そうしている間に、ラックさんが再び樹洞の中へと入ってきて桜花さんのメジロの元へと近付いていた。


「……えっと、桜花さん? 今のって何があったの?」

「あー、きのことたけのこのお菓子があるだろ? あのネット上とかで派閥争いが時々あるやつ」

「え、うん。それはたまに見るけど……え、それがどうかしたの?」

「……さっきまで中継で見てた対戦の理由がその派閥争いって話が伝わって、ここでもその派閥争いが勃発してな。それを鎮めるための強硬手段だったんだ。巻き込んで悪かったな、ラックさん」

「あー、そういう事だったんだ。んー、まぁ灰のサファリ同盟でもちょっとしたこだわりの違いでそういう事もあるからねー。とりあえず落ち着いたみたいなら別にいいよ?」

「そう言ってもらえると助かる。おら、てめぇらも謝っとけ!」

「「「「「「すみませんでしたー!」」」」」」

「こだわりがあるのは分かるから気にしなくていいよ。でもやり過ぎは駄目だから、気をつけてね」


 へぇ、灰のサファリ同盟でもちょっとしたこだわりでさっきみたいな事はあるんだね。まぁこだわりで衝突する事があるのが決して悪い訳ではないけど、それは周りへ迷惑をかけない範囲でだな。……今回のはどう考えてもスキルや称号の取得に繋がる訳ではないだろうし、こういうのは流石に控えては欲しいけどね。


<『殴打重衝撃Lv1』のチャージが完了しました>


 よし、チャージ完了っと。声に出すとアルに気付かれるので、紅焔さんの頭を軽く叩いて合図をする。……うん、その合図で通じたようで紅焔さんはすぐに降り始めてくれた。


「アルマースさんとベスタさんにしては変な事もあったもんだな。2人共、あのお菓子が好きなのか?」

「……まぁそういう事になるが、流石に今回のは件は反省している。……風雷コンビに説教をしておいて、俺がこんな醜態を晒すのは情けねぇ……」

「ま、ベスタが何でも出来る完璧超人じゃなくて、人間味があるとこが見れたのは興味深かったけどね。……それはそうとして、アルは一撃食らってもらおうか!」

「……ケイの怒りは当然だよな」

「そういう事だ! 桜花さんとの取引が中止になったらどうしてくれる気だっての!」


 そう言いながら、紅焔さんの頭の上から飛び降りてアルのクジラの頭に眩い銀光を放つハサミを叩きつけていく。ふー、これでちょっとはスッキリした。


「ケイ、ナイスかな!」

「うん、ケイさんグッジョブ!」

「……みんな、悪かった」

「今回はこれで水に流すけど、もう次はやめてくれよな」

「……あぁ、分かってる」


 さてと、当事者が全員反省している様子なのでこれで一先ずは解決だな。それにしてもネット上でお菓子の派閥争いがあるのは知ってたけども、実際にこうやって関わったのは初めてだね。……感想としてはこだわりを持つのは良いけど、程々にしてくれというとこか。


「あ、そうだ!」

「ラックさん、どうした?」

「いや、思いつきなんだけどね? このゲームには種族としてキノコもタケノコもいるんだし、スクショのコンテスト中だし、キノコ対タケノコのスクショを撮るのってどう?」

「あ、それは面白そうかな」

「そだね。うん、面白そう」


 ふむふむ、確かにそれはありといえばありか。なんだかんだでお菓子のきのことたけのこの派閥争いは長く続いているらしいし、スクショのモチーフとしては面白いかもね。


「お、いいな!」

「それをやるなら参加するぜ!」

「……2ndでタケノコを作ってくるか」

「俺はキノコを作ってこようっと」

「よし、知り合いに呼びかけてくるか!」

「あらら、思った以上にみんな乗り気だね。うん、それじゃ詳細は後で詰めるけど、灰のサファリ同盟で検討しておくねー!」

「「「「「「おう!」」」」」」


 おー、流石さっきまでこだわりで対立して睨み合ってただけの事はあるね。キノコ対タケノコのスクショを撮ろうというラックさんの提案でやる気になっている人も多いな。


「……ここで騒ぎを起こさない分には俺は何も言う気はないが、そろそろ風雷コンビの対戦が始まるぞ」

「あ、もう3時か」


 カステラさんと辛子さんの対決は思ったより早く片付いていたけど、その後の騒動の方で思った以上に時間が経っていたようである。……思わぬ脱線はあったものの、元々の予定の風雷コンビの対戦がようやく見られるね。

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