第589話 カステラと甘口辛子の対決


 さて、俺らにとっては初観戦の模擬戦だけどどういう風になっていくんだろう? 色々気になるけど、まずはカステラさんと辛子さんの対決が開始だね。


「いくぜ、カステラ! 『自己強化』『ウィンドクリエイト』『操作属性付与』『ウィンドインパクト』!」

「辛子には負けられない! 『魔力集中』『並列制御』『鋭角連突撃』『アースボム』!」


 模擬戦の開始と同時に、自己強化と風属性の付与で移動速度を上げると即座に強風を叩きつけていった辛子さんと、魔力集中を使い銀光を放ち始めたカブトムシの角で突撃しつつアースボムでウィンドインパクトを散らしに動いたカステラさんであった。

 おー、カステラさんはウィンドインパクトを完全に相殺するのではなく、威力を軽減させたところを狙って角での連撃数を稼いだのか。土属性は風属性との相性は悪いはずだけど、その威力の差を敢えて利用するとはね。


「うおっと、いきなり突っ込んで来るか。『ウィンドボール』!」

「僕の方が属性的には不利だからね。だから物理で仕留める!」

「そうは行くかっての! 『並列制御』『ウィンドボール』『ウィンドボール』!」

「逃げるばっかなのかい!?」

「一方的に攻めるだけが手段じゃないからな」


 そしてカステラさんの連続突撃はウィンドインパクトやウィンドボールによってどんどん銀光が強くなってはいるものの、移動速度の上がった辛子さんには全部回避されていた。

 うーん、流石はソロで色々やってたっぽい辛子さんだな。動きに無駄がない。それに比べるとカステラさんは少しムキになってる印象があるね。


 ちょっと中継を見てて分かったけども、攻撃を受けてる方に自動で視点が移動していくようである。厳密にはキャラの視点ではなくその近くからの視点みたいだ。それと両方が攻撃に動いている場合は俯瞰的になるみたいだね。迫力が出やすい視点を優先してる感じなんだろう。


「あらよっと。どうした、こんなもんか、カステラ?」

「僕は勝つんだよ!」

「意気込みは良いけど、これだと微妙――ちっ、狙いはそっちか!」

「今だ! 『並列制御』『アースクリエイト』『アースクリエイト』!」

「ちょ、もう昇華魔法だと!? 『ウィンドウォール』!」


 カステラさんの隙の多い様子を甘く見ていたのか、カステラさんの眩い銀光を放つ……おそらく最後の突撃を回避した辛子さんではあったけども、どうやらカステラさんの狙いはその後ろの木だったようである。

 そして倒れてくる木を慌てて回避した辛子さんを目掛けて、地面が隆起して襲いかかっていく。カステラさんがムキになっていたように見えたのは油断を誘うための罠だったみたいだね。

 どうやらカステラさんは初めから昇華魔法を当てる隙を作るのが目的だったみたいだし、咄嗟の防御も突き破りうまく成功して辛子さんを吹き飛ばして、HPを大幅に削る事に成功している。やるね、カステラさん。


 さて、いきなり凄い攻防ではあったけど、模擬戦はまだ終わってはいない。どっちが勝つのかじっくり見ていこうっと。


 カステラさんの早い段階から連続突撃の応用スキルと昇華魔法のアップリフトの連発により、辛子さんは上空へと吹き飛ばされていっている。とっさに防ごうとはしていたけど、ほぼ直撃となった昇華魔法の威力は伊達ではないね。

 でもちょっとアップリフトの規模自体は俺のよりも結構控えめだったからカステラさんはバランス型か。確か辛子さんもバランス型だったっけ? ……ふむ、使う魔法の属性が違うだけで性質自体はかなり似てはいるのか。


「くっ! 『ウィンドウォール』!」

「まだだよ! 『高速飛翔』『連角撃』!」

「ちっ! 『顎連斬』!」


 お、吹き飛ばされた状態から体勢を立て直そうと風の防壁で自身を受け止めた辛子さんに、カステラさんが飛行速度を上げ追撃をしていった。

 カブトムシの角での連続突きと、それを顎で受け止めていくクワガタの攻防が繰り広げられていく。どちらも銀光は放っていないので通常スキルだな。


 おー、カステラさんは魔力集中を使っているから攻撃速度はそれほど早くなっていないけど、高速飛翔と組み合わせる事で威力重視のヒットアンドアウェイな戦法で着実にダメージを狙っているね。

 それに対して辛子さんは体勢を立て直しきれていないところにカステラさんからの追撃を受けた為、完全に後手に回ってしまっている。ただ自己強化を使っているおかげで追撃では大きなダメージは受けてはいない。……まぁさっきのアップリフトのダメージは流石に大きくてHPは半分を切ってはいるけど。


「へぇ、カステラはいつもより攻めまくってるな」

「まぁ喧嘩の理由が理由だったし、ある程度は仕方ないんじゃないかい?」

「……そうですね。まぁ害があるわけでもないので、模擬戦で決着をつけてくれれば構いませんが」


 ん? 今のソラさんの言葉が微妙に気になるな。ただ模擬戦をしたくてやっているのではなく、何か他の理由で喧嘩になったっぽい? でも、紅焔さん達のその割には反応は薄めではあるから、深刻な理由ではなさそうだけど………。


「紅焔さん、あの2人ってなんかあったのか?」

「あ、アル!? ……それは俺も気になったけど、聞いてもいいやつ?」

「そんなに大した事じゃないから問題はないが……ソラ、ライル、言っても良いと思うか?」

「まぁ別にいいんじゃないかい? 正直、しょうもない理由の喧嘩だしさ」

「2人にとっては譲れないとこではあるようですけどね」

「あ、動きがあるかな!」

「みんな、その話は気にはなるけど後にしない?」

「……それもそだな」

「って事で、紅焔さん。この話の続きは後でって事で」

「了解だ、ケイさん。まぁその方が良いだろうしな、色んな意味で……」


 なんか紅焔さん達の反応的にカステラさんと辛子さんが模擬戦をしている理由がかなり気になってきたけど、その辺を聞くのは終わった後でも良いだろう。

 ……色んな意味でと付け加えた紅焔さんの意図が非常に気になるけど、出来るだけ気にしないようにしないとね。うん、気にしない、気にしない。


 さてと、改めて中継に視線を戻してっと。ふむふむ、今は攻防が落ち着いて互いに距離を取っているみたいだ。……昆虫同士だから森の中での戦いを予感してたけど、ほぼ森の上での空中戦になってるね。


「……こうも早くに昇華魔法が来るとは思わなかったぞ、カステラ」

「行動値にも魔力値にも限界があるから……ね!」

「なっ!? 逃げる気か!」

「さてね!」

「逃がすか! 『高速飛翔』『コイルウィンド』!」

「『硬化』『重突撃』!」


 おぉ、森の中へと逃げに転じたカステラさんを今度は辛子さんが追撃する形にはなったけども、カステラさんが風の拘束を強引に突撃で破壊していく。


「ちっ。『ウィンドインパクト』!」

「『移動操作制御』!」

「なっ!?」


 そしてその直後に辛子さんの放ったウィンドインパクトによる暴風を、生成した土の壁で防御していた。移動操作制御で作られた土の壁はウィンドインパクトが当たってすぐに消滅したけども、その一瞬の隙を利用してカステラさんは森の中へと姿を消していった。おー、中々の攻防戦だな。


 ふむふむ、移動操作制御を完全に防御と目くらましに使うのもありなんだ。これは結構参考になるね。お、完全に視界が別になったから俯瞰的に全体を映していたのが辛子さんの方になった。ふむ、森の上から見下ろしている様子だけど、カステラさんがどこにいるかは見えないね。


「……隠れられたか。仕方ない、大技といくか。『大型化』『並列制御』『砲弾重突撃』『連閃』!」


 おぉ!? 辛子さんのクワガタが1メートルくらいまで大きくなって全身から緑色を帯びた銀光を放ち出している。お、クワガタの顎の部分だけ弱々しい銀光のままで、他の部分は徐々に銀光が強まっていくね。……ふむ、連撃とチャージの同時発動か。しかも全身の方は銀光の強弱が発生しているからLv2以上での発動だな。

 でも、突撃系の応用スキルと斬撃系の応用スキルを並列制御で使うのは良いけど、当たり判定ってどうなるんだろ? 斬撃系はクワガタの大顎が攻撃部位なのは間違いないけど、突撃系って判定は全身だったはず。……攻撃部位として重ならないのか?


「なぁ、ベスタ。あの組み合わせって、クワガタの顎に当たったらどうなるんだ?」

「……この場合だと、突撃系の方の当たり判定が変わって顎では意味がなくなるはずだ」

「え、そうなのかな?」

「あぁ、突撃系は全身を使うからな。性質上の問題で組み合わせられないと考えていたんだが、意外とそうでもなくてな。並列制御で他の攻撃部位に指定した場合に限り、判定から外れるようになっている」

「へぇ、そうなんだ」


 それは知らなかったね。ということは、今の辛子さんの顎がぶつかった場合では突撃の当たり判定はなく、連撃のカウントになるんだな。うーん、やっぱり知らない戦法ってのもあるしこうやって人の勝負を見るのは参考にはなるね。


「って事は、俺も頭突きと体当たりで分ければ同時に発動出来るのか……?」

「あぁ、それは可能なはずだ。……一応頭突きも突撃系にはなるんだが、全身での突撃の別スキルとの組み合わせであれば問題ない。ただし、その場合だと頭部ではもう片方の突撃系スキルが発動しなくなるから気をつけろ」

「……なるほど、頭から突っ込んでから頭以外でぶつかる必要がある訳か」

「それって地味に面倒そうだな、アル」

「……だな。途中で旋回でも使えればやりやすいが……」


 要するに頭突きから体当たりへと繋げる事が重要になってくるのだろう。……アルのクジラで運用出来そうな手段ではあるから、ここは実際にどう使うかを見ておきたいね。それにしても連撃系の応用スキルを同時に発動しているのに辛子さんは使う気配がないけど、これはカステラさんからの攻撃を誘っているのか?


「あ、視点が切り替わったかな」

「おっと、動きがあったか」


 そんな風に考えている間にカステラさんの方へと視点が切り替わっていった。ふむ、同時に全ての行動を見たいけども映し出されるのは一場面だけだから仕方ないか。まぁ戦闘で衝突が始まれば俯瞰的に見れるようになるみたいだしね。


「……カステラさん、ただ隠れて何もしてないね?」

「あれは魔力値を回復させてるんじゃねぇか? 昇華魔法で0になってるから、少しはないと厳しいだろ」

「だろうなー。さて、ここからカステラさんはどうするんだろ?」


 現状としてはチャージを行っている辛子さんに対して、カステラさんはその様子が伺える位置の木陰に隠れて何もしていない状況になっている。うーん、魔力値の回復ではあると思うけども、そこから何を仕掛けてくるかはまだ分からないな。

 この状況としてはカステラさんは辛子さんのチャージが終わるのを待って、更にそこから逃げ切って無駄撃ちさせるという手段もあるけど、どうなんだろうね? かなりの意気込みはあったし、負けたくはない様子だったからそういう勝ち方を狙っている気はしないけど……。


「……よし、間に合った。『アースクリエイト』『並列制御』『砂の操作』『瞬突角撃』!」

「やっぱり来ると思ったぜ、カステラ!」

「逃げて行動値が無くなった隙を狙ったんじゃ意味ないからね!」


 お、もう少しで辛子さんのチャージが完了するというところでカステラさんが動き出したね。おー、カステラさんが砂の操作で砂を辛子さんに向けて飛ばして、それを辛子さんがクワガタの顎で切っていく。でも、チャージと同時に動き出したのは何でだ? 

 あっ、辛子さんが生成された砂を掻い潜り、切り裂き、連撃の強化を続けていきながらカステラさんの砂を突破したね。流石に顎での連撃は使い切ってしまって銀光は消えてしまったけども、突撃の射程圏内ではあるか。……あ、銀光が消えたのはクワガタの顎の部分だけで、頭部は銀光を発したままだ!?


「チャージを終えてから出てくるんだったな、カステラ! もらったぞ!」

「そうでもないよ。『小型化』!」

「んな!?」


 おぉ!? カステラさんが小型化する事で辛子さんの突撃を回避したね。なるほど、チャージをし始めで直ぐに動き出したのはもともと当てる気がなくて囮にする予定だったからか。そしてカステラさんの急な小型化は、大型化している辛子さんに致命的な隙を生み出したんだな。


「焦ったね、辛子! 『連強衝打』!」

「くっ!? 『並列制御』『ウィンドクリエイト』『ウィンドクリエイト』!」

「負けるかー!」

「それはこっちの台詞だ!」


 そこから回避した際に辛子さんの腹部へ回り込んだしがみついたカステラさんが銀光を放つ角で連続殴打を開始し、それを防ぐ為にチャージを破棄して辛子さんは昇華魔法のストームを発動していく。2人揃って荒れ狂う暴風に呑まれていった。……おぉ、どうなったかが見えないね。


「2人とも、どんどんHPが減っていってるかな……」

「さっきのカステラさんのあれってLv1での発動だった……?」

「あー、どうだろな? すぐに暴風に呑み込まれたから分からん……」

「んー、辛子さんのHPの減り方を見たら、最低でもLv2じゃない? 自己強化ありなのに、あの勢いで減るのは流石にLv1じゃ厳しいよね」

「あー、確かにそりゃそうだ」


 中継画面の上に表示されているカステラさんと辛子さんのHPは目に見えて凄い勢いで減っていってるもんな。違いとしては継続して減り続けていくカステラさんと、時折一気に減る辛子さんといった感じか。

 そして、荒れ狂う暴風が消え去った時にその勝負の決着がつき、中継画面には勝利した方の名前が表示されていた。そこに表示されていた名前は『カステラ』だったので、勝ったのはカステラさんである。


「よし! 僕の勝ちだ!」

「あー、くっそ! 色々ミスった!?」


 カステラさんと辛子さんの模擬戦の結果としてはカステラさんの勝ちで終わったね。まぁ最後の状態になった時には結構HPの差があったもんな。

 そして辛子さんは敗因に思い当たるとこもあるようで悔しがってるね。まぁそういう気持ちは分かる。


「おー、カステラが勝ったか」

「あ、そういや紅焔さん。結局、あの2人が模擬戦をした理由って何?」

「あー、それな。ある種の戦争というか派閥争いだな」

「……はい?」


 え、それってどういう事? 2人とも灰の群集で同じ共同体なのに、なんでそんな派閥争いとかが発生するんだ? ……これはもう少し細かい事情を聞く必要がありそうだね。

 

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