第380話 物理型のコケ


 少し前に灰のサファリ同盟主催の初心者向け講習会で、俺の大岩騒動の再現をしていたコケの新規のプレイヤーの人が目の前にいる。そしてコケのはずだけど、見たことのない様子である……。

 あ、そうか。これはその辺の丸い大きめの石にコケを増殖させてるだけなんだろう。


「あ、前の時に挨拶がまともに出来てなかったですね。僕はフーリエって言います。よろしくお願いします!」

「そういやそうだっけ。俺はケイだ、よろしくな」


 あの時は急な事態だったからお互いに自己紹介はしてなかったっけ。ふむ、活発そうな雰囲気でどことなくハーレさんの雰囲気を彷彿とさせるけど、声が中性的で男女がどっちなのかが分からない。

 フーリエさんは僕って言ってるけど、ソラさんとか女の人でも僕って言う人もいるからな。……まぁ、その辺はどっちでもいいか。


「ケイさんは何やってるんですか!?」

「ん? いや、ログインしたばっかだから今は特にまだ何も……」

「そうなんですか!? ……あの、不躾ながら少し相談を聞いてもらっても良いですか? コケの事についてなんですけど」

「んー、フレンドとの合流までは時間あるからそれまでで良ければいいぞ」

「ありがとうございます!」


 まぁ同じコケ仲間として、教えられる事があるなら教えてあげようじゃないか。それに新規さんは大事にしないとね。何でもかんでも教え過ぎるのは駄目だけど、ちょっとしたアドバイスくらいはいいだろう。


「それで相談ってのは?」

「あ、はい。僕、操作系スキルの扱いが苦手でして……。物理型でコケを育てたいのですが、どういう風に育てたら良いんでしょうか!?」

「……そうきたか」


 ふーむ、これは地味に困った感じだぞ。俺のコケは魔法型な上にロブスターと同調化しているから、純粋な物理のコケの育成方法は殆ど知らないんだけど……。さてと、ここはまとめ機能の出番だな! コケの項目を開いて……あ、魔法型の情報は充実してるのに物理系の育て方の情報が案外少ない!? 


「……すまん、俺は魔法型かつ操作系を思いっきり使うから方向性が真逆だ……」

「あ、そうなんですか……」


 うっ!? 露骨に気落ちしてるぞ、フーリエさん! いやいや、情報が少ないとはいえ物理型の育成方法はあるはず。っていうか、吸収系が確か物理向けだったよな。あの辺のスキルは魔力を使わないしさ。


「確実に成果があるかはわからないけど、スキル構成を教えてくれ。そこからの推測で良ければ方向性を考えてみるよ」

「え!? 良いんですか!?」

「まぁ物理型のコケの戦法にも興味がない訳じゃないからな」

「ありがとうございます!」


 俺は俺で遠隔同調とコケの物理攻撃はロブスターのステータスで補えるから、コケの物理攻撃の開拓という方向性もありといえばあり。まぁ順番的には後回しにはなるけども。


「ところで、操作系が苦手なら今のその丸い状態はどうなってんの? 土の操作じゃないのか?」

「土の操作じゃなくて『群体塊』ってスキルなんですけど、知りません?」

「……何それ?」

「……知らないんですか?」

「ごめん、ちょい待ってて。情報を確認する」

「あ、はい」


 駄目だ、思いっきり話が噛み合ってない。さっきチラッとまとめを見た限りでは物理型のコケの情報は少ないとはいえ、少しは情報はあったはず。

 あ、あった。『群体塊』は群体化Lv4と群体内移動Lv4で派生するスキルなのか。スキルとしては上限使用型だから、他のスキルの発動は問題ないか。あ、一発芸・滑りを使い過ぎると取得が遅くなるから要注意って書かれてる。思いっきり俺がそうじゃないか!?


 ごほん、気を取り直して色々考えていこう。とりあえずこれは群体化してそれを球状の塊にして転がって移動する移動用のスキルなんだな。これは操作系スキルを使わないコケがない場所を移動する為のスキルって事か。……そうなると、戦術としてはこれを元に考えれば良いんだな。


「よし、スキルの性質は分かった。それ、転がって移動って事で合ってるか?」

「あ、はい! でも移動速度も群体内移動より遅いし、傾斜があると上手く移動出来なくて……」

「だろうなー。その辺を何とかしたいってのもあるんだな」

「はい!」

「……そうだな、そういう事なら……」


 操作系スキルが苦手なら、移動操作制御を使えって言うのはちょっと酷だな。となれば別方向からのアプローチが必要となる。森を移動する時は群体化と群体内移動で良いとして、問題はコケが少ない場所だな。

 俺は小石に増殖させて浮いたり、水球の中で水中浮遊で漂ってたから……よし、方向性は見えた。


「それなら空中浮遊はどうだ? あれは空中に浮いて、地上と同じ感覚で動けるらしいからな」

「空中浮遊ですか……? あれっててっきり魚の人が使うだけのものかと思ってました。すぐに取ってちょっと試してみます!」

「あー、ちょい待った。風の進化の軌跡をもし持ってたら、そっちで試してみてからの方がいいぞ」

「纏属進化ですね!? まだ使った事なかったです!」


 ふむ、思っていた以上にフーリエさんは初心者のようで、まだ色々と慣れてない感じがしているよ。灰のサファリ同盟では流石に物理型のコケの情報が不足してる状態では厳しかったか。


「それで風の進化の軌跡は持ってる? あ、使い捨ての方な。あれの付与スキルに空中浮遊があるんだけど」

「あ、はい! 草原エリアの人にボス戦をしたいからって誘われて付いていった時に手に入れたのがあります!」

「あー、草原のボスの周回PTか」


 周回PTには未討伐者が必要だからそういう事もあるか。それに雑魚敵からでも低確率で落ちるには落ちるはずだし、1個くらいなら持ってても不思議ではない。俺らは基本的にアルの蜜柑やレモンが俺らのPTの貨幣代わりだから、進化の軌跡でのトレードってあんまりしないんだけどね。

 そういや共闘イベントでは雑魚敵自体の数は相当多かったから、更に入手率は絞られてた気もする。出現するようになったフィールドボスとやらが落としやすかったりするのかな? まぁ、それを考えるのは後でいいか。


「まぁ、情報ポイントで交換や他のプレイヤーとトレードでも手に入るから一先ず使ってみたらいい。お試しにはそっちの方がいいしな」

「分かりました、やってみます! 『纏属進化・纏風』! おー、これが纏属進化!?」


 そしてフーリエさんの周りを緑色の膜が覆い、それが砕け散る事で纏属進化が完了する。進化後は元々緑色のコケの色が若干明るめの緑色へと変化していた。ふむ、風属性だと元々の色の関係で変化が分かり辛い。

 っていうか、ちゃんと確認してなかったけどフーリエさんは成長体っぽいね。幼生体じゃ纏属進化は出来ないし、小結晶は持ってなさそうだもんな。


「それじゃ試してみます! 『空中浮遊』! お、おぉ!? おー!? 浮きました!」

「それで移動は出来そうか?」

「やってみます!」


 フーリエさんは浮き上がった事でテンションが上がったようで、空中を自由自在に転がりまくっていた。なるほど、空中で球体のコケが転がるというのは不思議な感じだけど、こういう移動方法もあったんだな。

 移動操作制御を使わなくてもこういう手段があったわけだ。っていうか、俺がこれを知らない理由って熟練度の溜まらない一発芸を使い過ぎてたせいなんだよな……。うん、あれは便利ではあったけど諸刃の剣だったという事か。まぁ今更言っても仕方ないけども……。


「ケイさん、ありがとうございます! こんなにすぐに解決策が見つかるとは思ってませんでした!」

「いやいや、これくらいどうってことないって」


 ただ単純に知らなかっただけだしな。……後で物理型のコケの移動方法として情報を上げとこ。単純な組み合わせだけど、移動操作制御の情報で逆にこれは見落とされてる情報な気がする。ふむ、満遍なく情報を得るというのも難しいんだな。


「よし、次は物理型の戦闘方法も考えてみるか」

「え、そっちも良いんですか!?」

「おう、いいぞ。ちょっと俺としても興味はあるからな」

「そうなんですか!? それならよろしくお願いします!」

「おう、任せとけ」


 何となく先輩風を吹かせながらも、コケの物理攻撃を考えてみる。さて、情報としては水分吸収や養分吸収が使えそうか。後は増殖やスリップもだな。俺の場合はPTメンバーにヨッシさんがいるから死蔵してるけど、場合によっては毒もありか。


「フーリエさん、PTメンバーはいる?」

「え、あ、はい! トンビのリア友とやってます!」

「ふむ、トンビね」


 PTというよりはコンビだけど、それはそれでやり方もあるか。参考に出来そうなのは初期の俺とサヤのコンビ技かな。


「状況に合わせて戦い方を変えるのは大前提にはなるとして、とりあえず思いつく戦法をいくつか教えよう」

「いくつかあるんですか!?」

「おう。まぁ俺は物理系のコケの攻撃スキルはあんまり育ってないんだけどね。まず一つ目だ」

「はい!」

「これは基本的に群体化を活用してのスリップでの行動阻害で、アタッカーはトンビの人に任せる」

「あ、それは何度かやりました!」

「既にやってたか」


 まぁこの辺はある意味、基本中の基本だからやって当然ではあるか。大岩騒動を実行したのならスリップの凶悪さについては理解してるだろうしね。それなら次に行こうかな。


「それなら二つ目。群体内移動を駆使して毒を直接叩き込む」

「……毒、ですか……? あれって魔法なんじゃ?」

「毒は魔法版と物理版の両方あるんだよ。今回の場合は物理版の毒だな」

「そうなんですか!?」

「おうよ。俺はPTメンバーに状態異常特化の人がいるから使ってないけど、特性で異常付与を取れればかなり使えると思うぞ」

「それは凄いですね! リア友と相談して検討してみます!」


 まぁ一緒に戦う人との役割分担は重要だもんな。完全に役割が被ってしまえば、PTを組むメリットも薄くなるからね。まぁ複数人いた方が良い役割ってのもあるけど、それはメンバー構成次第である。


「まだ他にもあるからな。三つ目行くぞ」

「はい!」

「フーリエさんはまだ成長体みたいだから、水分吸収と養分吸収を活用だな。これはコケの核が敵に直接触れる必要があるから要注意」

「核が重要なんですか!? 上手く発動しないと思ってたらそんな理由だったんだ……」

「まぁな。で、これについてはおそらく『群体塊』との相性がいい。ついでにリア友のトンビともな」

「え、どういう事ですか……?」

「まぁ、教えてばっかもあれだからここは少し自分で考えてみな?」

「それもそうですね! 相性がいい理由か……」


 初心者が躓いているのなら教える事も大事ではあるけど、何もかも教えるのでは成長しないからね。ある程度は教えつつも、自分の頭で考える事も大事である。


「あ、そうか! 僕が突っ込めば良いんですね! 『群体塊』で掴みやすくなった僕をリア友に空中から投下してもらえばいいんですね?」

「はい、正解。まだ他にもあるけどな」

「……他にも? あ、投下された後に増殖ですか? それでスリップを活用しつつ、毒や水分吸収とかで妨害やダメージを与える……?」

「うん、大正解。多分だけど物理系でも他にスキルはあるだろうし、その辺を覚えたら発展させて行けばいいと思うぞ」

「はい、そうしてみます!」


 うんうん、素直にアドバイスを聞き入れてくれるっていうのは教えがいもあるね。それにフーリエさんは向上心もありそうだし、今後の物理系のコケとしての成長に期待したいところ。

 それにしても考えるだけは考えてみたけど、俺のコケとは相性が悪い内容だな。遠隔同調を手に入れた今なら大体実行は可能になったけど、支配進化の時には使いにくい戦法ばっかりだった。そういう意味では俺のコケは魔法型の方が相性が良かったんだろうね。


「おーい、フーリエ! 何やってんだー!?」

「あ、ケイさんすみません! リア友が……」

「あー、良いって。行ってあげな?」

「はい! 今日は本当にありがとうございました!」

「どういたしまして。ま、物理型のコケの育成、頑張ってくれよ。まとめの情報が充実するのに期待してるからさ」

「はい! 何か見つけたら報告しようと思います! それではまた!」

「おう、頑張れよー!」


 そうしてフーリエさんは呼びに来たトンビのリア友の人と一緒に飛んでいった。あはは、飛んでるコケを見てトンビの人が驚いてるな。


「いやー、ケイさんって地味に面倒見が良かったのな?」

「はっ!? その声は桜花さん!? いつの間に?」

「いつの間にも何も、俺の目の前だしな」

「……そういやそうだった」


 ここは桜花さんの桜の木の目の前なんだった。そりゃ桜花さんがログインさえすれば目の前にいるのは当然か。でも、ログインしたのなら声をかけてくれれば良かったのに。


「……ケイって時々見捨てる時もあるけど、結構甘いよね」

「そだね。私もそれは同感」

「ケイさんは厳しい時もあるけど、優しいとこもあるからねー!」

「みんな勢揃いかよ!?」


 サヤとヨッシさんとハーレさんも、桜花さんの桜の木の影に隠れてずっと見ていたらしい。いつから見てたのか分からないけど、ログインしてたのなら声をかけてくれ! アルは……流石に仕事だろうからまだログインしてないな。

 まぁ、同じコケのプレイヤーとして頼られたからどうにかしてあげたいって気持ちはあったけどもね! フレンドで2ndにコケを作った人は何人かいるけど、純粋に1stのコケで同じ群集所属の人とのまともな交流って初めてだったから、ついつい面倒を見てあげたくなったんだよな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る