第108話 湖の畔で


 アルに乗ってそれをサヤが引っ張ってどんどんと森の中を進んでいく。自己強化もなく、普段の移動速度なら激しく揺れる事もなくて快適だ。アルもどんどん慣れているようで揺れは少なくなっている。もしかしたら根の操作もLvが上がって精度が良くなっているのかもしれない。



 そういえば移動している内に纏火は効果時間切れになった。ヨッシさんの纏氷は輝石の方を使っているのでまだ効果時間中。まぁあと少しで切れるとは思うけど。それにしても統率持ちが使うとスキルで生み出す統率されたヤツが属性のもので形成されるとはびっくりしたね。ハチ3号が使わずに残ってたから見せてもらったけど、氷製のハチだった。

 もしかしたら特性によっても形状が変わってくるのかもしれないし、今度進化の輝石持ちで集まって検証会でもやろうかな?


 そんなことを考えたり話したりしながら、アルに乗ってしばらく進んでいくと湖が見え始めてくる。その畔にポツンと1本の木が植わっているのが見える。あれが紅焔さんの言ってた移動種のNPCかな。あちこち移動していると言ってたけど、今は根下ろし中という事か。なんでそうなのかはわからないけど。


「言ってた湖ってあれかな?」

「おー綺麗そうな湖だー! ねぇ、到着したら飛び込んで来ていい!?」

「ダーメ、水中にも黒の暴走種がいるかもしれないんだから」

「あーそっか……。やっぱり自作の池が必要だね!」

「池作りはみんなが揃ってない時の合間でやるからな?」

「うん、それは分かってるよ! 揃ってる時は今みたいにあちこち探索だよね!」


 わざわざ全員が揃っている時は地道なスキル上げをするよりも色々と探索だろう。アルがどうしても夜からになるから、池作りは夕方がメインになるだろう。


「……そういやこっちのエリアとの行き来はどうすんだ? 帰りは『帰還の実』があるから良いとしても、そればっかりって訳にもいかんだろう?」

「それはまぁ普通に集合か、こっちのエリアにアルのリスポーン位置を設定してもらって、アルから順番に死んでリスポーンを使って移動かな……?」

「そういう手もあるにはあるか。でも、それにデスペナ回避の1回分を使うのか?」

「私は、毎日取得分のポイントと移動の事を考えたら妥当だとは思うけど?」

「……私が一番困りそうな気がするかな……?」

「サヤは、あれだな。『常闇の洞窟』に行ってだな?」

「やっぱりあそこになるんだね……。1回覚悟を決めて行ってみるしかないのかな……」


 やっぱりサヤはクモに苦手意識があるようだ。だけどあそこは多分行けたほうが良いとは思うし……。もしくは残滓のボスに突っ込んでみるかだな。まぁ死んでのリスポーン移動は最終手段で、基本的には普通に今みたいな移動かな。まだ隣のエリアだし、なんとかなる範囲だろう。


「まぁいいか。『往路の実』とやらも気になるし、もしかしたら移動手段もあるかもだしな」

「そういやエンからそんな実を貰えるって言ってたっけ。この先の移動種の木からも何か貰えるのかもな」

「エンから貰えるのが『往路の実』なら、『復路の実』とかかな?」

「そうかもね。まぁ行けば分かるんじゃない?」

「そうだねー! もう見えてきてるしね!」

「そうだね。それじゃちょっと飛ばすね!」

「飛ばしすぎるなよ、サヤ」

「ケイじゃないんだから大丈夫だよ!」

「サヤ、自分の事を棚に上げないの」

「うっ、ヨッシにそれを言われるとは思わなかったかな……。うん、気を付けます」


 ヨッシさん、ナイス! 俺は否定出来ない実績があるから言い返せないんだよね。でもサヤも大暴走の片棒を1回担いでるからな。まぁヨッシさんはヨッシさんで初日に大暴走してるけど。……このメンバー、何気に大暴走率高くない……? ……よし、気付かなかった事にしよう。そうしよう。



 そしてそれ程時間はかからずに湖へと辿り着いた。広さ的には全体が見渡せる程度なのでそこまで広くはないだろう。深さは……うん、パッと見では分からない。あ、なんか魚影が見えたって事は魚もいるんだな。今は夜目を使っているから明るく見えているけど、晴れていて月も出ているので夜目を切ってみたら月が水面に映って綺麗かもしれないな。


『おやおや、今日はお客さんが多いわね?』

「あ、どうも」

『あなた達はグレイからの協力依頼を受けてくれた人達みたいね。ありがとね』

「えっと、ここに派遣された方で合ってますか?」

『あらまぁ、自己紹介もせずにごめんなさいね。私は『群集支援種』のヤナギよ。黒の暴走種になっていた時は『不動桜』だったのよ?』


 どうもほんわかしたオバさんといった雰囲気が似合う木のNPCだった。木の種類としては枝垂れ柳みたいな感じか。大きさとしてはアルより大きくて、3〜4メートルくらい……? それにしてもやはり黒の暴走種のボスの中の人には倒された後に役割があるようだ。これは高原エリアでは元『氷狼』が、湿原エリアでは元『沼ガメ』の暴走種がなんらかの役割を持ってそうだな。


『あぁ、先ずは話しておかないとならない事があるのよね』

「あ、それならお願いします」

「どんな事!?」

『そう? なら順を追って話していくわね。グレイから聞いたとは思うけど、今は浄化の要所を探していてねぇ? 見つけ次第、私に教えて欲しいのよ。私も私で探しているから、あちこち移動する事になるんだけどね』

「なるほど、そういう理由……」


 なんかヤナギさんの雰囲気的についつい丁寧な口調で答えてしまっている。親戚の叔母さんに似てる話し方なんだよな。特にハーレさんは気にした様子はないけども……。

 とりあえずヤナギさんが移動種である理由と、あちこち移動している理由は分かった。ただ待っているだけではなく、NPC自身も探して移動しているって事か。


『あとね、赤の群集の人達が躍起になって同じ事をしようとしているから、その対処もお願いしたいの。あんまり強くないのよ、私』

「あーとりあえず1PT分は追い返しときましたよ」

「ぶっ倒して送り返したけど、あれでいいんですよね?」

『あら、そうなの? えぇ、それで問題ないわよ。早速ありがとうね。あぁ、そうそう。それで重要なのが、情報共有の手段も用意したのよ。私の影響力はまだ弱いからこの地域をぎりぎりカバー出来るかどうかになるんだけどね? 利用出来るようにしておくから、活用してちょうだい』

「お! これが聞いてたやつかな!?」


<現在地のエリア内限定で『競争クエスト情報板』が開放されました。ぜひご活用ください>


 これが紅焔さんの言ってた競争クエスト情報板か。今いるエリア内でしか使えない情報共有板みたいなもんだろうな。これでプレイヤー同士で探索状況を教え合ったり、赤の群集との戦いになったら援軍を頼むというのもありか。妨害も可能みたいだし、赤の群集のヤナギさんに相当するNPCを狙って足止めというのも有りだろう。


『あとは、これを渡しておくわね』

「あ、ありがとうございます」


<『復路の実:群集拠点種エン・灰の群集エリア2(限定)』を獲得しました>

<『復路の実』を使用する事で任意に群集拠点種への帰還が可能になります>


 ヤナギさんからみんなの所にそれぞれ実が落ちてきて、自動的にインベントリに入っていった。リスポーン云々は出なかったけど、帰還の実とはやっぱりちょっと違うのか? ちょっと詳細を見てみよう


【復路の実:群集拠点種エン・灰の群集エリア2(限定)】

 競争クエスト『無支配地域を占拠せよ:名も無き森林』への参加中及び、開催中のみの限定アイテム。

 使用すれば群集拠点種エンの元への転移が可能となる。ただし、ヤナギが根下ろしをしてエンとの同期を行っている時にのみ使用可能。

 使い捨てで所持制限1個。ヤナギにて再取得が可能。(1日1個まで)


 やっぱり無制限に使える訳ではないんだな。でもこれならリスポーン活用の移動方法がなくても行き来は可能か。1日に何回も行ったり来たりはしないだろうしね。あと、これはエンの方で貰える『往路の実』も似たような条件がついてるんだろうな。


『使用制限があるのはごめんなさいね? 定期的にエンとの情報の同期をする時にしか使えないのよ』

「そうなんですか。ちなみに同期はどのくらいの周期で何分くらいですか?」

『そうね、明確に決まってる訳ではないんだけど、大体2〜3時間に1回で30~40分程度かしら』

「その間ならこの実を使えばすぐに来れるって事で良いのかな!?」

『そうよ。エンの方で配布している『往路の実』で私の位置にすぐ来れるわ。使えるタイミングは限られるのが難点なんだけどね?』

「何処かで留まってる事は出来ないのかな?」

『赤の群集がいなければそれでも良いのだけれど、下手に1ヶ所に留まれば狙われるのよ』

「……狙われない為に移動してるのか」

『それも1つの理由ね。もう1つは人任せにせずに私も探しながら調査をしているからよ。黒の暴走種になって迷惑をかけてしまったものね……』


 まぁゲーム的な都合もあるんだろうけど、色々と行動理由は設定されているんだな。


『エンとの同期中は分かるようになっているから、それを目印にしてくれれば良いわ』

「うん、分かったよ!」

「通知に合わせて実を使って移動してもいいし、自分達で移動しても良いってことだな」

『えぇ、そうなるわね。……あら、ごめんなさい。そろそろ同期が終わるから、移動を再開しようと思うのだけれども』

「あ、はい。どうぞ」

『バタバタしてごめんなさいね。それではあなた方の協力に感謝を。また会いましょう』

「はい、また会いましょう!」


 そうしてヤナギさんは歩いて、どこかへ向かっていった。設定的には浄化の要所を探しに行ったんだろうな。ゲーム的にはプレイヤーが見つける事になるんだろうけども、そこは気にしても仕方ない。


「さてと、そんじゃ俺らも探索に移りますか!」

「ケイって、ああいう感じの相手だと口調が変わるんだね?」

「あ、それはねー! ケイさんって、親戚のーー」

「ハーレさん、それ以上言えばVR機器がどうなってもいいんだな?」

「うん、なんでもないよ!?」

「……そういえば、ハーレってお兄さんからVR機器を借りてるって言ってたよね? もしかして……?」

「おう、それは俺の所有物だ!」

「うーん、勝手にリアルの個人情報を話そうとしたハーレにも問題あるから、これはどっちもどっち?」

「まぁそんなとこだろうな。あんまりやり過ぎて兄妹喧嘩すんなよ?」

「うー気を付けようっと……」


 俺が所有権を握っている以上は、知られたら嫌なリアル情報の暴露は確実に阻止させてもらう! というか、頼むからサラッとリアル事情は話さないでくれよな。似たような口調の親戚の叔母さんが妙に俺に厳しくて苦手意識があってつい丁寧になるとか、そんな情報はバラさなくていい情報だからな!


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