第79話 駆け抜けて
意気揚々と飛び出したもののすぐに問題点が発覚した。当たり前といえば当たり前なんだけど、どうしてもアルの移動速度が遅かったのである。次々と他のプレイヤーに追い抜かれていく。くそ、このままじゃ出遅れる!? 何か移動速度を速くする手段はないか!?
そうやって悩んでいるうちに、アルが決断を下した。
「ちっ、流石に移動速度が遅いな……。俺は後から追いかけるから先にいけ」
「あーちょっと待て。流石に置いていくのはナシだ。……よし、これなら!」
「……おい、ケイ。何を思いついた?」
置いていくのだけは無しだ。結構無茶な気はするけど手段は思いついたしな。歩いて遅いなら、滑らせて引っ張って行けば良いって事で。引っ張れそうなメンバーは2名ほどいるし、手段はヒノノコを捕まえたアレを応用すればなんとかなるだろ。さて、他に必要な条件は……大丈夫だったとは思うけど一応確認しておこう。
「アル、今同時に操作可能な根って何本?」
「ん? 5本だが、なんでそんな事を……」
「なら問題ないな。ヨッシさん、これに穴開けてくれ」
「あーうん、そういう事か……」
<インベントリから鹿の皮を取り出します>
<インベントリから鹿の皮を取り出します>
<インベントリから鹿の皮を取り出します>
取り出しますは鹿の皮を3つほど。まぁヒノノコを捕縛した例のモノと同じやつ。さて車輪はないけど、これと水の操作を組み合わせればなんとかなるだろ。駄目で元々。やるだけやってみよう。
「あーなるほど。またケイさんは無茶な事を考えるね」
「まぁケイさんだしね!」
なんか失礼な言われ方な気もするけど、アルを速く移動させる必要があるんだから仕方ない。なんだかんだ言いながらもヨッシさんが皮にアルの根を通して縫う為の穴を空けていく。さて一通り穴が空き終わったし、のんびりしてもいられない。急いで準備しないと!
「あ、大体予想付いたかな。ってことはケイ、こうでいいかな?」
「お、サヤありがと」
必要な事を察して、穴の空いた鹿の皮を3枚並べてくれた。別々にやるよりまとめてやるのが早いしな!
<行動値を1消費して『増殖Lv1』を発動します> 行動値 25/26(−1)
鹿の皮の表面にビッシリとコケを生やす。よし、これでしばらくは行けるだろう。あとは水魔法で随時調整すればいいや。よし、準備完了。
「ケイのヤツ、何をする気だ?」
「ベスタさん、一緒に頑張ろうね」
「……何をだ?」
「ベスタ、悪いが力を貸してくれな? おい、アル。準備良いぞ!」
「あーベスタさん。悪いな、こういう突飛なのがある意味いつもの光景なんでな」
アルがベスタに変な断りの入れ方をして、根の2本をサヤとベスタの胴体に巻きつけていき。残りの3本で太めの根を選び、コケのある面を地面に向けて、鹿の皮に根を縫うように通す。そしてそのコケ付きの鹿の皮を足場にするようにバランスを取っている。うん、これならなんとかいけそうだ。
「はっ! なるほど、そういう事か。面白え、やってやるよ!」
「おー! ベスタさん、意外にやる気だね!」
「少し出遅れている。サヤ、全速力で行くぞ?」
「分かった。足手まといにはならないつもりだから心配いらないよ」
「言ったな? なら行くぞ! 『自己強化』!」
「ホントに全力だね。なら私も『自己強化』!」
アルを引っ張る係になったベスタとサヤは、もうなんか全力を出す気満々だ。いやいや、移動に自己強化まで使わなくても良いんじゃないか?
「ケイさん、早く乗ってー! 出発出来ないよ!」
「ケイさんの発案なんだから、早くお願いね」
「あれ!? もう既に待機状態!?」
ヨッシさんとハーレさんは、アルの木のハーレさんの巣の中に既にいた。以前アルに乗って移動した時に使ってそのままハーレさんの巣に常備されているコケのついた石に移動する。後は移動しやすいように水も使って滑りを良くしよう。
<行動値1と魔力値4消費して『水魔法Lv1:アクアクリエイト』を発動します> 行動値 24/26(−1): 魔力値 48/52
<行動値を4消費して『水の操作Lv5』を発動します> 行動値 20/26(−1)
3分割した水で皮のコケの表面を湿らせておく。これで滑りやすくなる筈だ。平坦な道なんかないから、揺れを調整するのはアル頼り。まぁ流石にぶっつけ本番だし、完全には無理だろうけどね。
馬車ならぬ……なんて呼べばいいんだろうか、これ? まぁいいか。とりあえず出発準備は完了した!
「それじゃ出発ー!」
「おう!」
「行くよ!」
ハーレさんの掛け声に合わせ、ベスタとサヤが道なき道を走り出す。うぉ!? 思った以上に速いな。っていうか、めっちゃ揺れる! これは細かな水の操作は無理! 1つの水の塊を広げての操作でいこう……。
「ほう、なかなかやるじゃねぇか」
「ベスタさんこそ、流石かな」
「そこは左の方に行け。障害物が少ないはずだ」
「分かった、左だね」
ベスタの進路指示によって、少し心配だったアルの色んな所への衝突は避けられている。流石、踏破率1位。この辺の地形は大体把握済みらしい。っていうか、ベスタもサヤも2人して全力出し過ぎ!?
「アルさん、この揺れはどうにかならない?」
「ヨッシさん!? 無茶言わないでくれ! これ、倒れずに姿勢保つだけで結構大変なんだぞ!?」
「ヨッシ! これ、絶叫マシンみたいで楽しいよ!」
「ハーレは私が絶叫マシン苦手なんだって知ってるよね!?」
ヨッシさんは絶叫マシン苦手なのか。それはちょっと悪いことした気分だな。いやでもこの速度と揺れは想定外でしてね? うん、下手な絶叫マシンより怖いかも。いやいや、水の操作に集中せねば。これの操作ミスれば下手したら大転倒だぞ……。
「ちょ!? あんなのありなのか!?」
「ベスタに、コケの人のとこのPTじゃねぇか!?」
「狙いは氷狼か!」
「取らせるな! 足の早いヤツ、先に行け!」
「おう、任せとけ! って思った以上に速い!?」
他の氷狼狙いのプレイヤー達もちらほら見えてくる。あ、サヤとベスタがなんか笑みを浮かべて……。って加速した!? まだ全力じゃなかったんかい!? いやいや、ちょっと速度超過!? あー、他のプレイヤー達を追い抜いたな。自己強化もまだ取得者も少ないんだろう。うん、移動に全力を注ぎすぎなのもあるだろうけど。
うわっと!? 危ない危ない、岩に乗り上げてバランスが崩れてた。危うく転倒する所だったぞ。
「ちょ、サヤ、ベスタさん、速度落としてくれ!」
「なんだ、もう限界か、アルマース?」
「んな!? いーや、そのままでいいぜ! 意地でもバランス取ってやる!」
「アル、無理しなくても大丈夫だよ?」
「いーや、構わん。サヤもそのまま行ってくれ」
なんかアルもベスタに乗せられて意地になってる。っていうか、確実に速度出し過ぎだから! 俺も水の操作に集中しないと危ないから、迂闊に話す余裕がないんですけど!? でも少しずつ確実に揺れは少なくなっている。アルめ、やるな。
「いやっほうー! 行け行け行けー!」
「これ、ゲームで良かったかも……。リアルみたいに酔うことはないみたい」
ハーレさんは全力でこの状況を楽しんでいて、ヨッシさんはハーレさんの巣の中で周囲を見ずに蹲ってしがみついている。いや、ホントこの状況はちょっと失敗した! まさかベスタがここまでアルやサヤを乗せてくるとは思わなかったぞ!?
そうして無茶な走破を続けていくと、前に見えるプレイヤーは居なくなっていた。これは全員追い抜いたか? 一般生物も黒の暴走種も見かけてないけど、多分逃げ出したんだろうな……。この様子だとサヤとベスタくらいが『森を荒らすモノ』の称号を得てそうだ。
「そろそろ着くぞ」
「意外と早いね?」
「そりゃ『自己強化』まで使ってだからな。普通ならもっとかかるぞ」
「あ、なるほどね」
「……それでだ。俺は自力で止まれるがお前らはどうすんだ?」
「「「「あ……」」」」
「……私は大丈夫だけど」
「私は飛べるしね?」
「私は多分、飛び移ることくらいは出来るよ!」
「……俺は無理じゃね?」
サヤは自力で止まれるだろう。俺は群体化でいけるし、アル以外はなんとか飛び降りればなんとかいけるか。……アルはいくらなんでも勢いがつき過ぎだ……。でも一応何とかなるだろ。
「よし、水の防壁を用意するか」
「おぉ!? ケイ、その手があった!」
「氷狼が見えたら、展開するぞ!」
「おう、任せたぞ!」
思った以上の高速の移動だったけど、これはよっぽどの時でない限り無しだな。うん、少なくともベスタがいる時は無しにしよう。
「よし、氷狼が見えたぞ! 先客は……なしだ!」
「んじゃ水の防壁を……あっ……」
「ちょっと待て!? なんだ、その『あっ……』って!?」
「水の操作の時間切れ! くそっ、再発動は間に合うか!?」
「くっ、サヤ止まれ!」
「これ以上は無理だね」
もう目前へと迫った氷狼の手前でベスタとサヤが止まる。もう少し早めに速度を落とす為に水の防壁を作るつもりが時間切れとはやらかした……。この位置から再発動で間に合うか!?
<行動値1と魔力値4消費して『水魔法Lv1:アクアクリエイト』を発動します> 行動値 19/26(−1): 魔力値 44/52
<行動値を4消費して『水の操作Lv5』を発動します> 行動値 15/26(−1)
勢いよく氷狼に突っ込んでいくアルの前に水を壁状に操作する。よし、発動自体は間に合った!
「ハーレさんとヨッシさんは飛び降りろ!」
「うん、分かった」
「了解!」
俺たちに気付き、臨戦態勢に移行する氷狼。既に息を吸い込み、攻撃体勢へと移っている。
「ちょ!? これ、ホントに大丈夫かよ!?」
「安心しろ、俺は逃げずに付き合うぜ!」
「そこは大丈夫って言えよ、ケイ!?」
攻撃準備を終えた氷狼が吹雪を吐いていく。格下という訳ではないのであっという間に凍らされる事はないが、水の防壁の反対側が徐々に凍っている。こりゃちょっとマズイか……?
そして勢いに乗ったままアルは俺の用意した水の防壁にぶつかった。うん、いくら急いだからとはいえ、色々と手段を間違えた気がするぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます