第60話 用事も終わり……


 フラムの進化した木は、アルよりも結構大きかった。パッと見た感じでは、広葉樹じゃなくて針葉樹だ。もしかしてこれは杉か? 


「なぁもうちょい手加減してくれてもいいんじゃね?」

「今のは色々な事の清算分だと思ってくれ。これでチャラだ」

「……いやあれはアーサーが……って、止められなかった俺も同罪か」

「アーサーもなんか運営から警告食らってるとかも聞いたから、ちゃんと赤の群集の人達にも謝っとけよ」

「コケのアニキ……。本当、俺ってリアルの事で苛立ってなんも見えてなかったんだ……」

「悪い事をしたと思ったら、行動に移す!」

「はい!」


 迷惑をかけてしまう事は誰にでもある。取り返しのつかない事ももちろんあるけど、それでも迷惑をかけたら謝る事を怠ってはいけないのだ。フラムはまぁそれほど重大な責任があるって程ではないけど、俺以外のみんなのストレス解消には付き合えって事で。


「ここ数日で何回も謝ってるケイが言うと説得力があるのかないのかよくわかんないね」

「確かにケイが謝ったのって何回だ? えーとサヤに1回ーー」

「わー!? アル、数えんな!?」

「何をやっているのだ、ケイよ……」


 確かにここ数日、何度も謝るような事はあったけども! 無自覚で放置とかはしてないから! それにしても何度もフラムのヤツ、リアルを知ってる俺がいるせいか口調が一貫出来てないな。まぁ常時一緒にやろうって訳でもないし、別に良いけど。


「ところで何に進化したんだ? パッと見だと杉っぽいけど」

「杉で間違いはない。僕は『不動杉』へと進化したのだ! そして移動不可の進化先は不動種と呼ぶようだ」

「ほー不動種ね。ところでなんで杉?」

「我が宿敵だからだ!」

「……はい? あ、そういやお前って花粉症だっけ?」

「この苦しみを馬鹿にする連中に同じ苦しみを体感させてやろうではないか!」

「フラムさん、私もその気持ちよく分かる!」


 ヨッシさんがなんだか共感していた。もしかしてヨッシさんも花粉症か? いまいち選択した理由がよく分からないけど、本人が納得しているみたいだしいいのか? というか花粉症の原因の花粉を敵視しているんじゃなくて、それを軽視する周囲を敵視してるのか。

 ……いやまぁ、辛そうなのは見てて分かるけど、それでも他人事で無責任な事を言う奴もいるからな。もしかするとそういう関係で何か嫌な思い出でもあるのかもしれない。藪蛇になりそうだから追求するのはやめとくけど。


「って事は花粉での状態異常とかあるのか?」

「……まだ未確認だが、それらしき固有スキルは取得した! って、ん? 群集クエスト?」

「……何か始まりましたね?」

「マップ作成のクエストか? それなら随分遅いんじゃーー」

「いや、マップ作成は既にこちらでも始まっている。別のクエストだ」

「そうですね。この内容は、さっきの進化がきっかけの一つですね……」


 どうやら何かをきっかけにしてマップ作成以外の群集クエストが始まったらしい。赤の群集の群集クエストだから内容が分からないのが惜しいな。まぁクエストの性質上仕方ないか。しかし気になる……。


「別の群集クエストが発生だと? 群集クエストは複数が同時進行もあり得るのか。どんな内容なんだ?」

「アルさん、他の群集だから無理に聞き出すのは無しだよ」

「……それもそうだな。すまん」


 アルとしてはつい言ってしまっただけだろう。まぁそんな時もあるさ。他の群集と行動を共にするのも初めてな訳だしな。別に敵対してる訳でもないし、つい聞いてしまうこともあるし、つい喋ってしまう事もあるさ。うん、群集内で秘密と決めたものだけは迂闊に喋らないように充分に気を付けよう。


「なぁフラム兄、水月、俺この情報はコケのアニキ達には教えるべきだと思う」

「ほぅ、何故そう思う、アーサーよ?」

「……まだよく分かんないけどさ、これって俺達だけじゃ発生してなかったんじゃねぇかと思ってさ」

「……そうですね。少なくとも今、このタイミングでは始まってはいなかったでしょう」

「だからさ、教えちゃ駄目か?」

「……フラム、私はアーサーに賛成です」

「あー気持ちは分かるんだけど、赤の群集の人にも迷惑かけてるのにそれに追い打ちをかけるってのもなぁ……」


 なんと、アーサーはこの短期間で少しでも相手の事を考える事が出来るようになったのか!? 水月さんはアーサーに賛成で、フラムはどうも悩まし気な感じである。心情としては教えたいけど同じ群集にも迷惑をかけていた事に対する罪悪感もあるのだろう。気持ちは分からないでもないから、折衷案でも出してみるか。俺も知りたいし、アルとハーレさんも間違いなく知りたがってるだろうし。


「なら、群集クエストの名前だけで良いから教えてくれ。条件はこっちで探るから」

「……そうだな、それくらいなら……。新たに始まった群集クエストは《拠点の作成・赤の群集》ってクエストだ」

「なるほどねー。アルさん、戻ったら情報共有板で検証の為の協力者探しだね!」

「おう、そうだな。何となくだが条件も見えたしな」


 フラムが不動種に進化したすぐ後に発生した拠点を作成する群集クエスト。断言は出来ないけど、これはクエスト開始条件は不動種へと進化したプレイヤーが発生の鍵か?

 ともかく別の群集クエストの存在は発覚した。検証するのは灰の群集エリアに戻って……いや、今日はもう時間的に厳しいか。推測の情報だけばら撒いて、細かな検証は明日だな。



 とにかく目的は果たした。これで赤の群集エリアでの用は終わったし、そろそろ灰の群集エリアに帰るか。まだツチノコへのリベンジも、一つ目の群集クエストも終わってないんだ。初期エリアでやる事はまだまだある。


「そんじゃそろそろ帰るわ」

「また来るがいい、我が友ケイとその仲間たちよ!」

「……元々の交渉相手、アルだから俺じゃなくてアルにしとけよ……」

「むむっ!? これは失礼した。また来るがいい、アルマースとその仲間たちよ」

「それじゃ皆さんお世話になりました。水月さん、今度は進化目的ではなくて本気で勝負しましょう!」

「受けて立ちましょう、サヤさん!」


 クマ同士でなんだかライバル関係が生まれていた。ハーレさんとアルの実況越しでしか聞いてないから直接サヤと水月さんの戦闘は見てみたいものだ。


「ケイさんも言ってたけど、マナーには気を付ける事! 分からなければ、フラムさんか水月さんに聞くか、自分で調べる事! 情報も大事だからね! あと、相手も人間だって事を忘れない事と悪い事をしたと思ったら謝る事! いいね、アーサー君!」

「分かりました、ハーレさん!」

「ハーレが説教って珍しい事もあるんだね」

「私だって無茶する時はあるけど、そこら辺はちゃんと弁えてるからね! あと折角のゲームなんだし、自分だけじゃなくみんなが楽しめないと!」

「自分だけじゃなく、みんなが楽しめる……。なんでそんな当たり前な事も……。その言葉、俺の肝に銘じておきます!」

「こっちはこっちで一気に雰囲気変わったね。まぁ悪い風にではないからいいけど」


 こっちはこっちでアーサーの雰囲気が変わったせいか、ハーレさんとヨッシさんのアーサーへの接し方が変わっていた。元々2人とも人見知りする訳ではなさそうだし、相手がまともな態度になれば真っ当な対応もするのだろう。


 さて、現在時刻は夜の10時。行きにかかった時間を考えれば11時までには灰の群集エリアには辿り着くだろう。正直、ツチノコに殺られてランダムリスポーンした時の北と南に分断された時の方が距離が長いとは思わなかった。

 フラムのPTと俺のPTはエリアこそ別だけど、双方共にエリア切り替え地点に近いからこういう事も起こるんだろうな。不動種へと薦めた時に言ったように、この近さならエリア切り替え付近のプレイヤーは進化をこっちに頼みに来るのが早いだろう。まぁ種族次第か。耐久力の高いクマとか木なら確実にプレイヤーの手を借りる方が良いし、それ以外なら自力で敵を見つければなんとかなる。


 そういえば赤の群集エリアの切り替えから遠い南部側の植物系の人ってどうするんだろうか……? この辺はちょっと確認取ってみたほうが良いのかもしれない。まぁともかくそろそろ帰ろう。


「それじゃなー!」

「おう!」


 最後にお互いに挨拶をし合って、これにて互いの進化協力は終わりだ。あとはここまでの道しか埋まっていないマップを辿って移動していけば灰の群集のエリアに辿り着く!

 まぁ色々問題もあったけど、結果的には丸く収まって良かったってところだな。


「さてと、それじゃ帰りますか!」

「おー! あ、帰る途中で良いからケイさんの魚捕り見たい!」

「あ、私もそれは見たいかな」

「ケイ、そのやり方って時間はかかるか?」

「ん? いや1匹捕るくらいならすぐだぞ」

「なら、帰り道で川の横通るし少し見せてくれ。正直俺も気になっててな?」

「いいぞ、やってやろうじゃん!」


 まぁ元々見せるという話になっていたから問題なし。コケ流川魚捕獲術をお披露目しようじゃないか!

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