第47話 進化の下準備


 Lv10を目指すという事で一般生物や残滓をメインに狩っていく。昼間だからか、出現する生物も変わってきている。あ、残滓のリスがいた。同じ種族が相手ってハーレさん的にはどうなんだろう?


「リス発見! いっくよー!」

「あ、良いんだ?」

「ん? 何が?」

「いやー同じリスだけどって思ってな」

「そんなの気にしてたらゲームにならないよ!」


 ハーレさんは全く気にした様子もなく、遠慮なく木の実を投げていた。そしてリス同士の投擲合戦が始まった。まだ幼生体だから見た目はただのリスと変わらない。こうやって見てるとなんだか微笑ましい光景だ。


「見てないでみんなも戦ってよ!?」

「あ、そうだね! つい……」

「うん、よし、戦おう!」

「あはは、サヤもケイさんもかー」


 みんな揃ってリス同士が喧嘩をしているような光景を微笑ましく眺めてしまっていた。いかんいかん。でもオフライン版のサファリ系プレイヤーの気持ちが何となく分かったぜ……。


 まぁ相手が残滓という事で苦戦するような事もなく、ハーレさんが気を引きつけてる間に俺がサクッと滑らせて、ヨッシさんが急速接近からの麻痺毒と微毒の2連撃であっさりと動きを鈍らせ、サヤの一撃で葬り去られた。


「やった! Lv10到達!」

「早いね!? まだ1体目だよ?」

「上がる寸前だったのかもね」

「ハーレさん、おめでとう。あとはサヤだけだな」

「一番最後っていうのもなんか悔しいよ!?」

「サヤ、それは仕方ないって」

「そうそう、そういう事もあるさー!」

「うー、ケイ、次行くよー!」

「サヤ、慌てんなよな!?」


 意外と負けず嫌いっぽいサヤが1人で先に進もうとしていくのを追いかけていく。なんだかんだでみんなで和気藹々としながら次の敵を探して森の中を歩いていく。


「やった! Lv10到達だよ!」

「サヤ、おめでとさん!」

「おめでとー!」

「サヤ、おめでとね。でも意外とかかったね」

「まぁこんなもんじゃないか?」

「……ケイとヨッシは変な経験値の稼ぎ方してたからね?」

「「あーなるほど……」」


 サヤもLv10に到達するまでには少し時間がかかったけど1時間くらいでなんとか到達した。昨日の大岩が経験値効率良すぎただけで、一般生物や残滓ばっかりだとこんなもんか。ヨッシさんも初日の大暴走があったからなぁ。どっちも特殊事例って事だな。


「ケイさんはともかく、ヨッシも? 何したの、ヨッシ?」

「さー目的も果たしたし、崖の所へ帰ろう!」

「あ、誤魔化した!? ねーヨッシってば!」


 暴走のことを知られたくないヨッシさんは話題を逸して、崖へと素早く飛んでいきハーレさんはそれを走って追いかけていく。


「もう仕方ないねー。ケイも戻ろ?」

「おうよ」


 俺とサヤも2人を追いかけるようにしていつもの場所に戻っていった。


 そうしていつもの崖に戻ってきたけども、すぐにでも進化は行えるかというとそうでもない。みんな基本的に『転生進化』なので一度死ななければならないからだ。


「とりあえず俺はアルの近くで『群体分離』でリスポーン設定しとくか」

「私もそうしておこうっと」

「私はアルさんのログイン待ちだねー!」


 まず進化の前にリスポーン位置を設定しなければまたランダムリスポーンになるから、進化前にこれは必須。というかその為にLv10での自動取得になっているんだろう。ちなみに俺は『群体分離』、サヤは『巣穴作り』、ハーレさんはヨッシさんと同じく『巣作り』という名のスキルになっていた。効果は聞いた感じではほぼ同じである。

 『巣作り』に関しては対象になるプレイヤーがログイン中でなければ駄目だという警告が出たらしい。別に2人分の巣が作られる事そのものは問題ないようだ。


「ねぇ、ケイさん? コケって木の表面にも生えられたよね?」

「あーまぁそうだな」

「アルさんの表面にも出来たりしないかな?」

「あ!? しまった、その可能性があったのか……」


 ハーレさんのその案は完全に考えていなかった。そうだよ、普通に木の表面にもコケは生えてるし、増殖も可能だった。という事は、試してみる価値はある! だけど……。


「もう使って設定しちまったぞ……」

「明日にでも試してみたら?」

「それって私だけ仲間外れになるのかな!?」


 サヤの『巣穴作り』はぶっちゃけ適当に穴掘っているだけという感じのものである。アルの根本も出来なくはなかったけども、アルの動きに支障が出そうという事で崖の部分に横穴という形になっていた。俺までアルにリスポーン設定をすれば、確かにちょっとサヤが仲間外れっぽい感じにはなる。


「サヤって案外寂しがりなのか?」

「あ、ケイさん気付いた?」

「ヨッシ! それ以上は怒るよ!?」

「あはは、ごめんって、サヤ」


 クマの姿でなければ顔を真っ赤にしてそうなサヤとそれをからかっているヨッシさんがいた。パッと見ではハチを追いかけるクマである。見た目と実情のギャップが激しいな、このゲーム。オンライン版だと他のモンスターの中はプレイヤーが操作しているからこそ、こういう事があるんだろうな。オフライン版じゃ絶対に見れなかった光景だ。



「おーい! そこの人ら!」


 そんなサヤとヨッシさんのじゃれ合いを遮るような声がどこからともなく聞こえてくる。あれ? この声なんとなく聞き覚えが……?


「ん? あれ、どこから声かけてきてるの?」

「上の方から聞こえるけど?」

「こっちだ、上、上!」


 声がしてくる上の方、つまり崖の上から赤いカーソルのイノシシが崖下のこちらを覗き込むように見ていた。


「昨日の赤の群集のイノシシの人か」

「あの時、ケイが轢いた人だね」

「サヤが言ってたのって、この人か」

「何の用だろうねー?」


 声は聞き覚えがあるけど、少し見た目が変わっている。という事は昨日のあれで進化したのか。そして昨日の件はハーレさんのログインを待つ間にサヤがヨッシさんに話していた。隠せるものなら隠したいけど、色々と情報共有板に情報流したし、事の顛末もバラしているので昨日の件については諦めた。何はともあれ、また来たということは何か用事があって、自身が死にに来た訳ではないと。


「ちょっと灰の群集の人に頼みがあんだけど?」

「頼みってなんだ?」

「そっちに降りたら話す! で、これどう降りるんだ?」

「ちょっと待っててくれ! 相談してから道案内するから!」

「おう、そうか!」


 とりあえずこれで保留にしてみんなと相談だ。アルの頼みとやらもあるし、安請け合いも出来ないしそもそもあのイノシシは一体何の用があるのだろうか?


「頼みだって。どうする?」

「聞いてみないとなんとも言えないよな」

「アル絡みの人じゃないの?」

「うーん? まだ話は纏まってないからまだ来るはずないと思うけどなー?」

「それもそっか。じゃあ私がちょっと案内がてら、用件聞きながらここまでの道案内してくるよ」

「私じゃ遠回りだし任せていい?」

「うん、大丈夫」

「俺も行こうか?」

「案内するだけだし1人で問題ないって」

「……一応罠の可能性だけには気を付けろよ?」

「……まぁ、その時はその時だね」


 崖の上からここまでは歩きになる種族では少し回り道は必要になる。崖越しでは話もし辛いからここへ案内するのは賛成だ。さっきイノシシの人にもそう言ったしな。ただし、一応はまだ目的が分からない相手でもある。何か変な事を企んでいるようには思えないけど万が一という事もある。まぁヨッシさんなら大丈夫だろ。

 もし何かやったらあのイノシシにもう一回大岩ぶつけてやるだけだ。もしくは今のこのメンバーで袋叩きに……。場合によっては情報共有板、いや、群集内交流板で赤の群集のイノシシ討伐隊でも……。


「ケイ、思考が変な方向に行ってない?」

「はっ!?」


 まだ何かされた訳でも、何かしてくると決まった訳でもないのに敵と決めつけて報復方法考えてたよ!? ……むしろ現時点で何かしたの俺の方だよなぁ……。


「おーい? まだか!」


 赤の群集のイノシシの人はこちらが話し合いを待ちきれないのか急かしてくる。アポなしで唐突に来てるんだから少しくらい待てっての。それかそこから用件を言え。


「それじゃ、とりあえず道案内してくるよ!」

「わかったよ。ヨッシ、一応気を付けてね?」

「なんか変な様子があったらすぐ逃げろよ!」

「わかってるって! サヤもケイさんも変なとこで心配性だなー」


 そうして崖の上へとヨッシさんが飛んでいった。あ、なんかびっくりしたようにイノシシの人が飛び退いて見えなくなった。


「……あれ、完全にヨッシさんが居たのに気付いてなかったな」

「まぁそれなりに距離あるし、仕方ないんじゃないかな?」


「ちょっと!? 私も下にいたってば! 道案内と用件を聞きにきたの!」


 PTの会話機能で崖の上の会話がヨッシさんの分だけ聞こえてくる。なにやら不穏な気配がし始めてきた。


「だから用件を聞きに来たんだってば! なんでいきなり仕留めるとかそういう話になるの!? え? 昨日はいきなり襲われたって!?」


「……ねぇ、ケイ。これ、昨日の真実は話さないほうが良いかもよ?」

「うん、俺もなんかそんな気がする」


 これ、昨日の大岩騒動で突発的に死んだのがかなり影響しているらしい。事故とだけ伝えて、俺が犯人だとは名乗らない方が穏便に話が進みそうな気がする……。


 イノシシの人の警戒心を解いて、崖の下まで案内してくるまで結構手間取ったようだ。……なんか凄い面倒をかけて、ヨッシさんごめんなさい。

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