第20話『揺れる心、彼女の真意』

 しばらく歩き続けてオレがたどり着いた場所は、依然オレが真神として住んでいた山のさらに奥深く。人はおろか真神すら近寄らないそこには誰が建てたのか、そもそもいつからあるのか分からない洋館が一軒だけ建っている。 

 天楼さんの住処である館に入り、手を引かれながら階段を上がっていく。

 もうされるがままだった。体はただ人形のようで、手を引かれてようやく動いているみたい。天楼さんは一番奥の部屋の扉を開ける。ぎぃ。と蝶番が軋む音を響かせ中へと入る。ぼんやりと辺りを見渡すと一番初めに目を引いたのは、天蓋つきのベッドだった。一人で寝るには大きすぎるベッドに天楼さんはオレをそこに座らせる。

「ねぇ。狗牙」

 自分もその横に座り、そっとオレの手を握る。

「もう、生きるの辛いでしょ? 人に裏切られて、仲間からも見放されて、誰にも頼れない。そうでしょう?」

 天楼さんの言葉がゆっくりと液状のように体に浸透していく。あぁこの感覚は知ってる。前に天楼さんが強引に行くべきだとオレを諭した時に似ている。

「でも私がいてあげる。私だけが貴方の側にいてあげる。どう、嬉しいでしょう?」

 オレは頷く。本当は言葉の意味をよく分かってないけれど、何だか頷かなければいけない気がしたから。天楼さんはくすり。と微笑んでギュッとオレを抱きしめる。

「抱きしめて、狗牙」

 甘い甘い蜜のような言葉。オレはゆっくりと腕を広げて天楼さんを抱きしめる。

「私と生きてくれる? 狗牙?」

 耳元で囁かれる言葉にオレは頷くと、天楼さんはありがとう。と呟いた。

「っ!?」

 直後、首にちくりとした痛みと何かが抜ける感覚がした。視線をその方へ向けると、天楼さんが何故かオレの首筋をかぶりついていた。

「な、にを?」

「狗牙の神性を私の中に取り込むの。そうしたらもうずっと貴方は私と一緒に生きれるわ……いいでしょ?」

 尋ねるその瞳にオレは頷きを返す。否定するべきなのに、どうしてもそんな言葉や感情は生まれなかった。

「じゃあいただくわね」

 再び鋭い痛みを感じた瞬間、それを忘れるように急速に力が抜けていく。まるでパンパンに張った風船から空気が抜けて行く感じ。

 しばらくそのまま吸われ続けて、頭はぼんやりとしたところで、ぷは。と呼吸するために天楼さんが口を離した。同時に進行していた脱力感も止まった。

「それにしても、人間ってのはホントにバカね」

 くすくすと天楼さんは笑う。一体何のことを言っているのだろうか。

「神通力に当てられただけで、あんなに変わるんだから、おかしいったらないわよ」

「なんの、こと……」

「あら、まだ意識があったのね」

 オレの声に天楼さんが意外そうな声をこぼす。

「なんのこと、だって……きいてるんですよ」

「天浦剛のことよ。あの子、私の力で作り出した人間なの」

「な、んだと……」

 自然と目が開き、ぼんやりしていた意識が少しだけはっきりしてくる。

「ホントに気づいてなかったのね。一応真神の残り香があるから気づかれると思ったんだけど」

 そう言われて思い出す。あいつと初めて会った日、同族の臭いが微かにしたことを。やっぱりあれは勘違いじゃなかったのか。

「まったく気づかなかったアンタに今だから全部教えて上げる。日曜日の時に起きたあの暴走事件。私はあれをフィードバックにより暴走って言ったけどあれ嘘なの」

「う、そ?」

「あれはね、私が意図して起こしたのよ」

「どうやって……」

「そのチョーカーは私の作った、あんたが消費する神性を極力まで抑える道具。自分で作ったんだから遠隔で操作するなんて造作もないわよ」

「なんで、そんなことを」

 愉快そうに笑う天楼を睨みつける。

「そんなの決まってるじゃない。私はね、人間と真神をすべて殺すの。皆殺しにしてやるの。そのために誰でも良いから神性を持つ真神が必要だったのよ」

 苦労したわ。とにやりと笑みながら、天楼はオレの頬に指を這わせる。

「初めはアンタを人間に変えて、すぐに人間に裏切らせて絶望したところでその神性を全部いただこうとしたのに、なかなか人間に対して絶望しなくて。植物園の時も、お見舞いの時も、琴音ちゃんとの仲を悪くなるよう仕向けたはずなのに、何故かあんたはそんなピンチをチャンスに変えるんだから」

 まったく。とため息をこぼす天楼さん。

「天浦剛の登場で琴音ちゃんに強引に迫るよう仕向けた時は間違いなく成功したと思ったのに、それでもアンタはまだしぶとく絶望しなくて。ホントに困った子だったわ。でも、もうそれは終わったこと。アンタは私に神性を吸われて消えてなくなり、私は力を得て人間と真神を喰らいつくすのよ」

 あははははと高らかに笑う天楼に掴みかかろうとするも、先に腕を掴まれて動きを封じられてしまう。

 そんなオレを見て、そうだ。と天楼は何かを思い出したかのような顔をして。

「琴音ちゃんがこれからどうなるか教えてあげるわ。私の神通力で、天浦剛の事を自分の大事な人だと思い込み続けたあの子はね、町外れの山に連れて行かれて――殺されるのよ」

「っ!」

「あーいいわ。その表情、その驚いた顔、最高よ。それが見れただけでも十分殺す価値があるわね」

 面白い写真を見たような笑いをあげる天楼に怒りを覚えるけれど、今はそんな奴の相手をしてる場合じゃない。

「くっ……どけっ」

 オレを掴んでいた天楼を押しのけて、ベッドを転げ落ちるように降りて部屋を出て行こうとするが、

「うっ……」

 全身に力が入らなくて、数歩進んだだけでその場に倒れてしまう。全身の虚脱感がすごくて、たった一桁歩いただけなのに、もう息があがってしまう。

「無駄よ。アンタは今神性を吸われて立ってることがやっとなんだから」

 こつこつと背後から天楼が近づく靴音が聞こえる。

 振り向くよりも早く頭を掴まれて強引に彼女の方へと振り向かされる。

「心配しなくても、もう琴音ちゃんは死んでるわよ。アンタが何やってももう遅いんだから」

 言いながら口を開けてオレの首筋に歯を立てる。再びオレの中から気力が吸い出されていく感覚に襲われ、神性とともに意識までも吸われいていくような錯覚を覚え、視界がぼんやりと薄れていく。

「ちく、しょう……」

 振りほどこうと腕を伸ばそうとしたけれど、腕すら上がらなくて力なく落ちたのだった。


*****


 山の中を私は歩いている。

 前を歩いているのは、小柄な男の子。私の大好きな天浦剛君。はぐれないようにと私の手を握って歩いている。

 時間は夕方の5時半だけどもう太陽は沈みはじめて、入った時は薄暗かった山はまるで真夜中のような暗さになっていた。一人だったら怖いけれど、私の前には大好きな剛君がいる。それだけで私は、どんな怖いところでも歩ける勇気を貰えた気がする。

 私と剛君はスマホのライトを頼りに前へと進んでいく。舗装されている道とはいえ、周りに見えるのは木ばっかり。真っ直ぐ進んでいるけど、一度方向を間違えたら帰り道が分からなくなりそうな気がした。

「ここ……」

 見渡しながら呟く。この木ばかりの道を私は覚えている。確かお爺ちゃんの家がこの山にあって、子どもの頃両親と一緒に来たことがある。お爺ちゃんは数年前に亡くなっていて、もう何年も来てないけれど。

「どうしたの、琴音ちゃん」

 立ち止まっていた私に気付いて剛君が振り向いた。

「ううん。何でもない。ごめんね」

 心配そうに私を見てる剛君を安心させるように私は首を振ると、良かった。と剛君は安堵の息をこぼした。

「もし辛かった言ってね。ちゃんと休憩するから」

「大丈夫。まだまだ頑張れる」

 元気いっぱいをアピールするように両拳を作る。そんな私を見て、剛君はおかしそうに笑って、

「そっか。琴音ちゃんはすごいね」

 そう言って私の頭を撫でる剛君。優しく何度も撫でてくれるのが私はとても好きだ。暖かくて、大きくて、ずっと、ずっと前から――。

 あれ? 何かおかしな感じがした。一瞬だけ変なものが混じっていた物を見つけてしまった違和感。でも、それがどういった物なのか分からない。

「本当に大丈夫、琴音ちゃん」

「っえ!?」

 気づけば私の眼前には剛君の顔があって、思わずビックリした声が出た。

「ぼーっとしてたけど、ホントは疲れてるんじゃない?」

「……うん、そうかも。でも、大丈夫。もう少しで着くんでしょ?」

 行こう。と撫でてくれた手を握る私を見て、剛君は少しだけ心配そうな顔をしたけれど、うん。と頷いて私の手を握ってくれた。

 私より少しだけ大きな剛君の手を見て私達は再び歩き出した。

「さぁ着いたよ」

 剛君に案内されてたどり着いた場所は、山の頂上だった。

「わぁ……」

 その景色に感嘆の声だけがこぼれる。眼下に広がるのは私が住む町。暗くなった町にきらびやかな光がちかちかと瞬いて幻想的な光景になっていた。

「……あれ?」

 頭の中に一瞬だけ、何かの映像がちらついた。この町の光景、一面に咲くシロツメクサ。私、昔ここに来たことがあるのかな。どうしてかこの景色を初めて見た気がしないのだ。お爺ちゃんと来たのかな。そう思って横を向く。そこにいたのは剛君だけ。

 また頭の中で光景がちらつく。ノイズに混じった写真がほんの一瞬だけ映る感じで、内容は全く分からない。だけど、それがここで、私は他の誰かとここに来ていたことだけは分かる。

 そこにいたのは男の子だったのかな? 

 ザー。っと砂嵐の音と共に三度映像が映る。肝心の部分を確かめようとするけれど、そこは黒くて濃いもやに包まれてよく分からない。それでもその正体を突き止めようと靄を注視するように意識を集中していると、

「どうしたの琴音ちゃん。怖い顔してさ」

 ぽん。と後ろに移動していた剛君が私の頭に手を置いた。その拍子に頭の中で再生されていた写真が霧のように消えてなくなる。やっぱり、この手だ。暖かさがじんわりと広がって、心の中まで暖かくなるみたいに自然と顔がほころぶ。

「ううん。何でもない」

「そっか、なら良かったよ」

 そう言って剛君は頭に置いていた手を肩に回して私の体を彼の方へと向ける。真剣な剛君の顔が私の前にある。それを見ただけで、ドキンドキンと心臓がいつも異常に強く高鳴っていた。

「琴音ちゃん……いいかな?」

 私の頬を触り、少し遠慮がちな剛君の言葉。それがどういう意味を持っているのか、さすがの私でも分かる。だから顔が自然と熱くなり、剛君から思わず顔を逸らすようにうつむいてしまう。

「やっぱり、恥ずかしい?」

 小さく頷く。分かってるけど、いざするとなったらやっぱり恥ずかしい。だって、これ私の初めてだし。それなりの覚悟がいるんだもの。

 でも、折角こんな景色も雰囲気もいい場所に案内してくれた剛君の気持ちも汲みたくて、私はこくん。と生唾を一つ飲み込んで、

「恥ずかしい、けど、いいよ。剛君なら」

 声が上ずったけれど、しっかりと伝えることが出来た。そんな私に、剛君は優しく私をぎゅっと抱きしめた。ほどよい硬さと暖かさが私を包み込んで、心がほっと落ち着いて安心する。

 やっぱりそうだ。記憶にはないけれど、あの時私を助けてくれたのは、この暖かさだ。

「ありがとう。琴音ちゃん。じゃあ目を瞑って」

 剛くんの言葉に私はゆっくりと瞼を落とす。真っ暗な中、剛くんの顔が近づいてくるのを感じながらその時を待っていると、


「さよなら。琴音ちゃん」


 そっと私の耳元で囁かれた言葉。

「え?」

 その言葉の意味がわからなくて、目を開けてしまった私が見た時、

 とん。

 と、軽く押すように、笑顔の剛くんが私を後ろへ倒したのだった。

 足が自然と後ろへと動くけれど、私のすぐ後ろに地面は無かった。足を踏み外した私の体がゆっくりと後ろへ傾き、そのまま私は崖から落ちる。

 驚きとか怖さが麻痺したように私はぼんやりと紺碧の夜空を眺めていた。

 耳元では空気のけたたましい音と、押しつけられる風圧で身動き一つ取れない。ううん、それ以前に動こうという考えが浮かばなくて私は仰向けの状態で落下し続けていた。視覚は空を捉えているし、落下していると分かってるのに恐怖という感情がまだ追いついてきてないのだ。

「あ……」

 この感覚を私は前にも一度体験したことがあったのを思い出す。

 あそこと同じ場所で私は子どものころ一度落ちたことがあるのだ。そう、私は一度落ちて、でも死んではいなかったのだ。

 ――どうして? どうして私は死ななかったの? 剛君が助けてくれたから? 

 ずきん。と頭に痛みが走る。剛君が助けてくれたはずなのに、どうしてかその記憶だけが思い出せない。

 ――違う。どこからかそんな声が聞こえた。それは私の心の中の声だったかもしれないし、ゴーゴーと鳴っている風を聞き間違えたのかもしれない。

 そうだ、あの時私が見た景色の中に、黒くて大きい何かが私の元へとやって来て、私は助かったんだ。

 それは今私の目の前に迫ってくる何かと全く同じ形をしていた。

「そこの人間」

 声をかけられて視線だけ向けると、桜色の毛並みが見えた。

「私のどこでもいいから手を伸ばして捕まりなさい。そうしないと死にますよ」

 一体何者か分からない。でも私はそれに従うように手を伸ばし柔らかな毛並みに触れると、ぐい。と体を引っ張られ、私はふかふかのクッションのような物の上に乗せられて、落下する早さがゆっくりになった。

 ジェットコースターの急速落下のような早さから、パラシュートのような早さに変わった感じだなと思いながら、柔らかなクッションの感触を堪能していた。

 すとん。と小さな衝撃が伝わって落下が終わったのを感じるや、すぐに乗っていたクッションから落とされてしまった。

「いたい……」

 落ちた拍子に打った腰をさすりながら起き上がる。

「本当だったら死ぬはずがそれくらいの痛みで済んだのだから感謝して欲しいですね」

 聞こえてきたのは女の人の声。あの時私に捕まれと言ってくれた声だった。一体それが誰だったのか確かめるように顔を向ける。

「ひっ……」

 そこにいた声に言おうとしていたお礼の言葉が、声にならずこぼれてしまった。でも仕方ないと思う。だって、私の目の前にいるのは、一匹の桜色の毛をした狼でその口には人を咥えていた。細身の男の子で、その顔は見えないけれど、私はそれでも誰だかすぐに分かった。

「嘘……剛、君」

 狼に食べられている剛君の元へ近づく私だったけれど、狼はその前に咥えた剛君の体を思い切り噛み砕いた。瞬間、剛君の体から青白い炎が燃え始め、彼の体は青く燃えて消えた時に残っていたのは燃えかすとなった白い紙だけだった。

「なに、これ……」

「やはり、彼女の仕業でしたか」

 燃えかすになった紙を見下ろして、狼は呟いた。彼女のほうは何か納得しているけれど、私は何がなにが分からないで混乱してるだけ。

「ね、ねえこれって一体……」

 私の声に気づいたのか、狼が私を見る。鋭い目に少しびくっとしたら、狼は小さく息を吐いて目を閉じる。その直後、狼の体から目映い光が起こりはじめた。目を開けていられないほどの光量に思わず腕で目を守るように前に出して光が止むの待つ。時間的には数秒で光は収まり、ゆっくりと腕を降ろすと、そこにいたのは狼ではなく小さな女の子だった。

 中学生くらいだろうか。首までかかった髪の色はさっきの毛色と同じピンク色で、頭には大きなベレー帽。幼さが残る可愛い顔立ちは不機嫌そうに私を睨みつけていた。

「あなた、誰?」

「私は桜華、兄さん――狗牙の妹です」

「こう、が……こー、君?」

 こー君。という懐かしい響きに思わず自分の口を触れる。そうだ、こー君。私の大切なこー君。どうして、その言葉を、名前を私は忘れていたんだろう。

 そんな私を余所に、こー君の妹である桜華ちゃんは、ゆっくりと私の前へやって来る。くりくりとした丸い黄色い瞳は宝石のように輝いてて、吸い込まれそうなほど綺麗だった。

「ど、どうした――」

 の。と尋ねる前に、ぱしん。という音と痛みが私を襲った。

 一瞬なにが起きたのか分からなかったけれど、すぐに桜華ちゃんが私を叩いたのだという事に気付いた。

「兄さんが悲しむから、これで我慢してあげます。目は覚めましたか?」

「目?」

 睨んだままそう言われた途端、私の中で次々と知らない記憶がよみがえる。

 こー君と一緒に植物園に行った事。そこで可愛いって、好きだって、言われたこと。こー君を意識しちゃって顔を合わせれなくなった事。夕焼けの教室で抱きしめあったことがどんどん湧いてくる。

 ――違う、これは知らない記憶じゃない。私が忘れていた記憶だ。

「私……一体何をしてたの」

「ちょっとした夢を見せられてただけです」

「夢……」

 反芻する私をよそに桜華ちゃんは、私の後ろを指さす。

「そこの道を降りたら、舗装された道に出ます。それで家に帰れるでしょう。もうここには立ち入らないでください」

 素っ気なく言って、彼女は私とは反対方向へと歩き出す。

「ま、待って!」

「なんですか?」

 引き止めるように思わず手を握ったら、桜華ちゃんは冷たい表情で振り返ってきた。誰が見ても友好的ではないことが分かる。

「こー君の所に行きたいの。どこにいるのか教えて」

「嫌です。貴女はもう兄さんと関わらないでください」

 怒るでも、面倒くさくでもない、たんたんとした事務的な返答。その言葉だけで、彼女が私に抱いている気持ちが分かってしまう。

「それでもお願い。私、こー君に会いたいの」

 私の頼みごとに桜華ちゃんの顔が、素っ気ない表情から露骨に嫌そうな顔へと変わる。私は握った手をさらに強く握る。絶対離さないという意志を伝えるようにぐっと力を込めて。

 私の視線と桜華ちゃんの視線がぶつかりあう。逸らしたらそこで勝敗がつくような雰囲気の中、私は瞬きも忘れてトパーズのようなその瞳を見つめる。

 一秒。

 五秒。

 そろそろ目を開けるのが辛くなり始めて、瞼がぴくぴくと小さく痙攣し始めたところで、桜華ちゃんが重いため息をこぼし、私から目を逸らした。

「――こっちです」

 仕方ない。という言葉が顔に書かれてる表情で彼女は私の手を軽く払って歩き出す。

「……ありがとう、桜華ちゃん」

 その背中を追いかけるように、私は彼女の隣まで小走りで向かう。

「あ、私の名前――」

「紹介しなくても知ってますよ、琴音さん。いつも兄さんが言ってますから」

 ふん。と不機嫌そうに鼻を鳴らして視線を前へと戻す。あれ? 私、何か悪いことしたのかな? そう思い返すけれど原因が分からず、私は首を傾げながら歩くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る