第15話『その恋は前途多難?』

「えへへ……ぬへへ……」

 自然と顔がにやけて、だらしなく開いた口から笑い声がこぼれる。

「狗牙……」

「狗牙君……気持ち悪いよ」

 隣を歩いていた田中と矢田から、哀れむような視線を感じて、すぐに顔を引き締める。だがそれも一瞬の事。すぐにまた顔の筋肉が弛緩して、

「ぬへへへ、ふへへへへ」

 再び口が開いて変な笑いがこぼれだす。そんなオレに二人がもう手遅れだ。と言わんばかりに首を振る。

「あのさ、狗牙君」

 たまらず矢田がため息混じりにオレを呼ぶ。

「琴音と恋人同士になって嬉しい気持ちは分かるけど、さすがに私達といる時にその顔はやめてくれない? 知り合いだって思われたくないの」

 腰に手を当ててそういう矢田はいつもの制服姿ではなかった。ラインの入ったブラウスに黒いティアードスカート。履き口にハートが並んだ黒のニーソックスといった装いだ。

「そうだそうだ。そういう奇行はオレ達のいないところでやれ」

 その隣にいる田中も同じように抗議の声を上げる。こいつもまた制服ではなく、紺と白のボーダーTシャツに、薄茶色のズボン。靴は愛用しているという有名メーカーの運動靴。

「悪かったよ、気をつける」

 流石に二人から真面目に注意されてしまったので、顔の筋肉が緩まないように気をつける。これ以上二人を怒らせてしまったら今日ここへ来た意味がなくなってしまう。それだけは避けなければ。

「それで、今日は琴音へのプレゼントを買いに行くって言ってたけど、なにか当てはあるの?」

 そう。もうすぐ4月2日。その日が琴音の誕生日なのだ。オレと琴音が再会したのは、4月の半ばであり去年は祝ってあげることができなかった。だから今年は必ず祝おうと思い、そのプレゼント選びに二人を呼んだのだ。

「ないから二人に相談しようと思ったんだよ」

「……は?」

 オレの言葉に田中が素っ頓狂な声を上げる。

「何言ってるの? 狗牙君」

「だから、何を贈ったら良いのかわからないから、二人にアイデアを――」

 言いかけて、矢田から身を震わすほどの気配を感じて口を閉じる。

「私達からアイデアを、何?」

 にっこりと笑顔で尋ねる矢田。笑っているけれど、目が全く笑ってなくてオレをしっかりと捕らえている。もしも下手な返答をしてしまえばとんでもない事になってしまうと本能が告げていた。

「なんで狗牙君が琴音にあげる誕生日プレゼントを私達が探さないといけないわけ?」

「だって、こういった贈り物したことなくて……」

 そう。今まで真神であったオレにとって、誰かに物を贈ることなんて経験したことのないことだ。それが好きな人だったら尚更何を送れば言いのかも分からない。

「じゃあせめて自分で決めてからにしなさいよ。それがアリかナシかで判断してあげるから」

「でも、プレゼントって気持ちがこもってれば何でもいいんじゃないか?」

 田中の言葉に矢田は、まぁそうなんだけどね。と頷く。

「やっぱり何でもいいからと思って決めたものより、沢山考えて悩んで選んだ物の方が想いは強いと思うわよ。だから何か琴音にあげたいなって思うものとかないの? それか琴音が今好きな物とか」

「琴音にあげたいもの……」

 うーん。と頭を捻りながら唸る。オレがあげたいもの、琴音の好きなもの……。

「そういえばオレ、琴音の好きなもの分からないんだった」

 パァンッという気持ちのいい音と共にオレは矢田に引っ叩かれた。


 *****


 何をあげたらいいのか分からない。そんなオレに打ってつけの場所があるということで、オレ達は町から二駅離れた場所にあるショッピングモールへとやってきた。全8階で様々な店が収容されており何でも揃うのがモットーの有名モール。

「これとかどうだろう?」

「とりあえず理由を聞きましょうか」

 そこのとある店に入り、判断してもらうために矢田の前にそれを持っていくと、彼女は小さく溜め息をこぼした。

「昔、琴音が好きだったらしい」

「それは子供の頃の話でしょ。そりゃ私も好きだったわよ、というか女の子の憧れよ。でも私達は高校生なんだから、そんなおもちゃは対象外なの」

 戻してきなさい。といわれたのでオレは渋々手に持っていた女児向けアニメのおもちゃを棚に戻す。昔よくこんなステッキを振り回してたから好きだと思ったんだけどな。

「それにしても最近のおもちゃすげえな。見ろよ、この変身ベルト、二段回認証で変身するんだって!」

 少し離れた所で男の子向けおもちゃ売り場にいた田中が、少し興奮気味で大きなおもちゃのパッケージを持ってくる。

「あぁもうさっさとここから出るわよ」

 頭を乱暴に掻きながら矢田が足早におもちゃ売り場を出て行った。オレも急いでその後を追い、田中はしばらくおもちゃ売り場で子供のように純粋な瞳で変身ベルトを眺めていたのだった。

「矢田はさ、何を貰ったら嬉しいんだ?」

 モール内を練り歩きつつ、お店を外から眺めつつオレは矢田に尋ねると、私? と自分を指差す。

「私だったら、まあ化粧品とかかなあ。新作のコスメとか欲しいし」

「そっか……じゃあ――」

「琴音は化粧なんて一度もしたことないからあげたって意味ないわよ」

 矢田の言葉に動こうとした足が止まる。図星を突かれたことに矢田が呆れたような表情になる。

「服とかはダメなのか?」

「服は値段がな……」

 田中の問いにげんなりして答える。さっき可愛いワンピースがあったから値段を見たら、ゼロの桁が一つ多くて三回くらい見間違いかと思った。たかが服なのになんでこんなに高いんだよ。

「本も読まないよな、未谷って」

「あの子、活字は五ページも読めないって言ってたからね」

 選択肢がドンドン減ってくけれど、だからといってこれといったものは未だに決まらなかった。一階にある店を一つずつ見ながら歩いた旅ももう五階に差し掛かり、気付けば折り返し地点まで来ていた。こういったモールの店は半数が服屋ばかりなのはなぜなのか疑問に思いながら歩いていると、自然とその足が止まった。

「どうした、狗牙」

「何かあった?」

 オレの足が止まったのは小さな雑貨店で、帽子や靴、アクセサリーといったものが店内から見える。オレが目を引かれたのはショーウィドウに置かれていた一つのネックレス。

「これ、シロツメクサ?」

「シロツメクサってあれだっけ、三つ葉のクローバーの花だろ?」

 シルバーのシロツメクサが象られたネックレスにオレは目を奪われていた。

「これにするの?」

「あぁ。どうだろう、矢田」

 確認するように矢田を見る。もしもこれが駄目だといわれたらこれ以上にいい物は見つかる自信がない。

「いいと思うよ。だって、狗牙君がこれがいいって思ったものなんでしょ?」

「あぁ。これが一番良いと思ったんだ」

 なら決まりだね。と矢田に言われ、オレは急いで店内でそのシロツメクサのネックレスを購入したのだった。


 買い物が終わってオレ達はモールの中にある喫茶店で一息つく事にした。

「え? 奢ってくれるの?」

「おいおい。どういう風の吹き回しだ?」

「そりゃ今日わざわざ付き合ってくれたし、それにまだ礼を言ってなかったけど、二人のおかげで琴音と付き合えるようになったし……」

 言ってて何だか恥ずかしくなってきたので視線を逸らす。そんなオレを二人は顔を見合わせ笑い合う。

「私も狗牙君と琴音が恋人になって嬉しいよ。そういえばまだ言ってなかったけど、おめでとう」

「オレとしてはやっとって感じだけどな。ともかくおめでとう、狗牙」

「二人とも……」

 矢田と田中の言葉が心にじんわりと暖かい熱を持って体全体に広がっていく。

「さてと、お言葉に甘えて頼むか」

 田中が意気揚々とメニューを取って広げる。

「あ、私はもう決まってるから」

「え? 早くないか?」

 ここは喫茶店ではあるけど結構メニューは豊富だ。飲み物の他に軽食だってある。見ないで決めるほどメニューの数は少なくないはずなんだけど。

「私、よくここに来るからね。好きなメニューがあるの」

「常連かよ。ここ結構値が張るってのにブルジョアだな……ならオレもブルジョアらしく高いやつ頼むぞ」

 田中が息巻きながらメニューを捲っていったり戻したりという行動を何回も繰り返す。もう五回くらいはメニューを最初から最後まで見返して、やってきた店員に頼んだのは普通のカフェオレだった。ちなみにオレはブラックコーヒー。そして、矢田はーー。

「えーっと。バニラフラペチーノ、エクストラホイップ、キャラメルシロップに変更、エクストラシロップ、キャラメルソース追加、エクストラソース、チョコチップ追加、エクストラチップで」

 変な呪文を唱え始めた。

「???」

「????」

 オレと田中は完全にその呪文の意味を理解できずに首を傾げる。しかし、店員には通じたのか店員は一礼して去っていった。

「おい、なんだよ今の呪文は」

「呪文?」

「矢田が言ってたやつだよ。エクストラナントカツイカってやつ」

「あぁトッピングのことよ。ここ、コーヒーを自由にトッピングできるの」

 ここね。とメニューの最後のページを指差す。そこにはクリームの量や、ソースなど様々な物を追加できるメニューがずらりと並んでいた。矢田が丁寧に説明してくれるけれど、何一つ分からなかった。


「ふぅ。おいしかったぁ」

 空になったタンブラーを置いて、ふぅ。と矢田が息をこぼす。そんな矢田をオレと田中は引きつった顔で見ていた。なにせあのタンブラーにはクリームがもりもりと盛られており、キャラメルソースがこれでもかとかけられてて、チョコチップもクリームの色を塗り潰すほどの量が乗っていた。見ただけでうっ。と胃がもたれそうなほどの量を彼女は顔色一つ変えず飲み干したのはちょっと引いた。

「あれ、飲み物じゃなかったよな」

「あぁ。パフェかなんかだよな」

 二人で頷きあう。

「もっとトッピング追加すれば良かったかな」

 名残惜しそうに呟いたその言葉にオレと田中はぞっとしてしまう。あれ以上に盛りに盛った物を見せられたら口の中がしばらく甘くなりそうだ。

「とりあえずでるか」

 そう切り出して立ち上がる。先に二人が席を出て、最後のオレが伝票を持ってレジへと行き、財布を取り出そうと――。

「あれ?」

 財布を取り出そうとして――。

「あれ? あれ?」

 前の両ポケットを探るもそれらしき感触はなく、後ろの両ポケットにも手を入れてみるけれど財布と思われる感触がない。自然と、血の気がさーっと引いていく。

「どうしたんだよ、狗牙」

 オレの様子がおかしい事に気付いた田中が首を傾げる。

「いや、その財布がさ、ないんだ」

「あぁなんだ財布がないのか――ってええええ?」

 スルーしようとして田中が驚愕の声をあげる。

「え? 狗牙君財布落としたの?」

 矢田もその事に驚く。どこかで落としたのか、これまでのどこかの店で置いたままにしたのかは分からない。だが実際今オレの手元に財布がないのは確かだった。

「どっかで落とした? いや、落とすような事はなかったよな……。じゃあどっかの店で置いたまんまとか?」

 ぶつぶつと自分の今日の行動を振り返ってみるが、特に落としたような場所も事故も起きてない。あーこうしている間にも会計をしようとする人が並び始めるし、店員さんもどうするのか待っている表情をしていて、気持ちが焦ってくる。どうしたらいい、どうすればいいんだ?

「あの、ちょっといいかな?」

「え? なに?」

 肩を叩かれて振り向く。そこには一人の少年が立っていた。

 身長はオレや田中と同じ位で、紫と青の間の色の髪は首辺りまですらりと伸びていた。華奢な体型と、幼さが少しだけの残る顔立ちな印象を思わせた。

「これ、もしかして君の?」

 そう言って彼が出したのは、見覚えのある黒い長財布。

「あ! オレの財布!」

「君がいた席に置きっ放しになってたよ」

「え? マジ?」

「狗牙……」

「狗牙君……」

 止めろ、そんな可哀想なものを見る目をオレに向けないでくれ。二人の突き刺さる視線に耐えながら彼から財布を受け取りオレは急いで会計を済ませて店を出る。そのすぐ後に先ほどの少年も出てきた。

「ありがとな、財布教えてくれて」

「気にしなくていいよ。困ってる人は見過ごせないからさ」

 手を握って上下に振るオレに、少年は爽やかな笑顔を向ける。よく見たら結構なイケメンだった。

「それよりもう落とさないように気をつけてね」

 それじゃあね。と少年は軽く手を振って去って行った。

 いやあ。やっぱり人間にもこういう優しい人ってのはいるんだなぁ。少年の背中を見送ってオレは感激に似た溜息をこぼす。

 人間否定派の真神の連中に、人間も捨てたもんじゃないぞって、彼の存在を見せてやりたいな。そうすれば少しは考え方もかわるはずじゃないだろうか。

「…………ん?」

「どうしたんだよ狗牙」

「いや、何でもない」

 微かに懐かしい匂いがした。同じ真神の匂い。でもすぐに気のせいだと思いなおした。何せ人間になる真神なんてオレと天楼さんくらいだから、いるわけがないんだ。

 オレ達はそのまま電車で町まで戻り、改札で解散した。

「じゃあまた明日ね、狗牙君。財布、落とさないように帰るんだよ」

「もう落とさねぇよ」

「オレも帰るか。ちゃんと財布があるか確認しながら帰るんだぞ」

「だから落とさないって言ってんだろ!」

 二人してからかうだけからかって帰りやがった。まったくと呟きながら、オレは手に持った紙袋からピンクの包装紙に包まれた細長い箱を取り出す。オレが琴音に贈りたいと思ったネックレス。あの時琴音がくれたシロツメクサの花冠のお返しで選んだにしては運命的だ。そんな箱をオレは大事そうに紙袋へとなおして、上機嫌な足取りで帰路へとついたのだった。


 *****


「ふわあ」

 欠伸がこぼれる。目尻に浮かんだ涙を擦るように拭う。

「どしたのこー君。寝不足?」

 琴音へのプレゼントを買った翌日。いつものように隣を歩く琴音が首を傾げて尋ねてきた。

「ん? ああちょっと寝る時間が遅くてなってさ」

 まさか昨日買ったネックレスを眺めるのに時間を忘れるほど夢中になってたなんて言えないので適当に誤魔化しておく。再び欠伸が漏れて自然と口がだらしなく開く。

「うわあ大きなあくびだあ」

 大口を開けたオレを見て、おお。と声を漏らす琴音だった。

 教室へと入り、琴音と別れ自分の席に座るや、田中が椅子を近づけてこちらへやって来た。

「おいおい聞いたか狗牙。今日から転校生がこのクラスにやって来るんだってよ」

「転校生? こんな時期にか?」

 田中の言葉にいぶかしむ。今の時期は三月も終わり。もうすぐ春休みに差し掛かるこのタイミングで? 普通新学期になってくるもんじゃないか。

「ああ、ずいぶん変わりもんだよな。みんなそう言ってるぜ」

 そんな話を田中としていたら、HRのチャイムが響き、担任の緒方が教室に入ってきて、その後に続くようにもう一人入ってきた。その人物に女子がざわざわと騒ぎ始め、次に男子がなんだ。と残念がる声がちらほら聞こえてきた。

「えーと。こんな変わった時期だが、今日からこのクラスにきた転校生だ。自己紹介いいか?」

 緒方に頷きを返して、現れた少年は一歩教壇の前に出てくる。目を引く紫と青の中間色の髪、中性的な顔立ちはどこか見覚えがあった。オレの隣の田中も、少し離れた席の矢田も気付いたようで目を丸くしている。

「県外からやって来た天浦剛あまうらごうです。以前はこの町に住んでいたんですが、親の都合で一度引っ越して、また今年戻ってきました。ちょっと変わった時期でありますが、どうぞよろしくお願いします」

 爽やかな声で一礼する少年、天浦。その爽やかな感じ忘れるわけがない。昨日オレの財布を見つけてくれたイケメンだった。なんだこれ、もしかしてマンガとかである運命の出会いってやつなのか? いや、でも普通はどっちかが異性だから違うのかもしれない。などと考えながら天浦を見ていると、天浦と視線が合う。天浦は二、三回目をしばたかせると、途端彼の表情が突然ぱぁっと輝き始めた。まるで知り合いに出会った時のような安心感が宿っており。早歩きでこちらへと歩いてくる。

「よ、よお――」

 軽く手を上げて挨拶――しようとしたオレを通り過ぎ、天浦は速さを緩めず前へと進んで、なぜか琴音の前で止まった。

「琴音ちゃん。久しぶり! 小学校以来かな」

 席に座った琴音の手を握ってそう言ってきた。え? なに、こいつと琴音って知り合いだったの? しかし琴音は困惑を隠せない表情で天浦を見ている。

「あれ? もしかして、僕のこと覚えてない? 小学校の時、一緒にいた天浦だよ」

 しかし琴音は首を小さく振り、

「ごめんなさい。私、小学校の頃の記憶がなくって」

 申し訳なさそうにいう琴音にオレも少し申し訳ない気持ちになってしまう。しかし天浦は、そっか。と少し悲しそうに呟くも、

「でも無事で良かったよ。あの時、のが早かったから、僕と琴音ちゃんはこうやって再開できたんだし」

「え? それってどういうこと?」

 目を丸くする琴音に、天浦はだからね。と優しい口調で言葉を続けて、

「昔、琴音ちゃんが崖で落ちた時、助けたのは僕なんだよ」

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