第13話『全然分からない答え』
翌日。
枯渇していた神性は元へと戻って体の倦怠感もなくなった朝。体調は万全、昨日結構寝ていたから睡眠もバッチリ。どこからどう見ても健康体――のはずだった。
「はぁ……」
オレは家を出て、昇る朝日をぼんやりと眺めながら重いため息をこぼす。
「学校……行きたくねぇなぁ」
眩しいくらい輝く太陽を見ながら恨めしく呟き、視線を地面へと落とすと自然に顔が右手に向かう。
『い、いやっ!』
琴音の言葉とあの時叩いた音が今でも頭の中で鮮明に蘇る。どうして琴音があんなことをしたのか、昨日の夜からずっと考えたけど全然分からなくて余計にオレの胸の中は悶々としていたのだった。
「学校でなら、なんか分かるかな」
一縷の望みをそこに託して、オレはなくなっていたやる気を何とか掻き集めて学校へと歩き始めた。
「おいおいどうしたんだよ、狗牙」
一人学校へとたどり着き、自分の席に着くや、田中が血相変えて話しかけてきた。
「なんだよ」
「いや、なんだよじゃなくて。お前、なんで未谷と一緒に来なかったんだよ」
驚いた表情の田中は、もう来ていた琴音の方を指さしている。ちなみに琴音はいつものように机に突っ伏して顔を隠しており、こちらを見ようともしていない。
「いつもの場所で待ってたんだけどな。どうやら先に行かれたらしい」
おかげで遅刻になりそうになった。足の速さに自信がある真神の恩恵があるとこういう時便利だな。
「狗牙君、ちょっといい?」
背後から矢田の声が聞こえたので振り返ると、矢田が険しい表情でオレを見下ろしていた。その迫力に思わず顔が引きつる。
「どうしたんだよ、矢田。オレ、何かしたか?」
「いいから、来て」
「……はい」
有無を言わせないその言葉に、オレは頷いて席を立つ。気分は警察に連行される犯人のようだった。ちらりと田中を見ると、哀れと言いたげな表情で合掌なんてしていた。帰ったら覚えてろよ。
矢田はただ黙って廊下を歩き、オレも同じように静かにその後を着いていく。もうすぐ朝のHRが始まる時間だからか廊下に出ている生徒は少なく、矢田は人がいなさそうな場所へたどり着くと足を止めて振り向いてきた。
「それで? どういうこと?」
「どういうことっていうのはなんだよ」
「とぼけないで。琴音の事に決まってるじゃない。折角私と天楼さんが気を利かせて二人きりにしたのに……」
あぁ昨日のあれはそういう意図だったのか。
「どうして琴音が一人で登校するような状況になるわけ。何をやったのよ――まさか……」
答えを探り当てたのか、矢田が口に手を当てる。
「二人きりだってことを利用して、強引に迫ったの?」
「違う! そんなこと考えてもねぇよ」
「それはそれで……。狗牙君って琴音の事ほんとに好きなの? 好きな子と二人きりになってそんな気持ちにならないの?」
「今そういう話じゃないだろ!」
脱線しそうだったので話を戻す。
「オレは強引に迫ってないんだよ。ただ琴音の様子がおかしかったから風邪でも引いてるんじゃないかって思って確かめようとしたら、手を弾かれて、そのまま逃げるように帰ったんだよ」
「本当に何もしてないのね……」
うーん。と唸りながら頷く矢田。どうやらさっきまで半信半疑だったらしい。
「矢田は何か知らないか? 琴音の様子がおかしい理由」
私? と指をさす矢田に頷きを返す。
「考えても分からないし、オレじゃあ琴音に聞けそうにないんだよ。矢田だったら何か分かるだろ」
教えてくれよ。と頼むオレの言葉に、矢田はしばらくじっとオレを見つめていた。少し化粧をしている矢田の顔がまるでオレの内面を見透かしているようで何だか気恥ずかしくなって目線を時折逸らすと、何故か重いため息をこぼされた。
「な、なんでため息なんかつくんだよ」
「だって……ねぇ」
そしてもう一度ため息。明らかに呆れられているのが伝わる。
「悪いけど、狗牙君に教えてあげることなんてないわ」
「は? 何でだよ」
「そうやって私に聞こうとするのがまずいけないのよ。少しは自分で考えなさい」
それだけ言って満足したのか、矢田はオレから離れて教室へと戻っていった。
「何なんだよ、一体」
わけが分からないオレに予鈴が学校中に響く。教室へと戻る間矢田の言うとおりに考えてみるけれど、まずその考えるべきことが分からなくて何も進展することはなかった。
*****
「おーい。狗牙。生きてるか?」
肩を揺すられ我に返る。気がつけば授業はいつの間にか終わっていて、教室中が騒がしい。
「昼だぞ、飯の時間だぞ」
弁当を見せてオレの机に自分の机をくっつけてくる。オレも鞄から買っておいたレジ袋を取り出して机の上に置く。ずっと考え事をしていたせいで、頭がズキズキと痛む。あれから授業中考えてみるものの、やっぱり琴音の様子の変化に対しての答えは分からないまま。まるで答えと式の半分が虫食いの状態の問題を解かされている気分だ。圧倒的にヒントが少ない。だからどうしても行き着く答えは、琴音に嫌われた。という絶望的極論に至ってしまう。
「まだ悩んでんのか?」
「あぁ。矢田も教えてくれないし」
パンを齧りながら考える。けれど思考はさっきと同じくぐるぐる回りに回っていつもの答えにたどり着く。
「やっぱり、琴音はオレの事――」
「おい狗牙」
「なんだよ?」
呼ばれて顔を上げたオレに、田中は食べていた玉子焼きを飲み込んで、
「なんか勝手に未谷に嫌われたオーラ出してるけどさ、別に未谷から嫌いだって言われたわけじゃなんだろ?」
「そうだけど、あの態度は嫌いって言ってる感じだったんだよ」
脳裏をよぎる琴音の声と手を弾く音。そして、その時の痛み。しかし、田中はふうん。と他人事みたいな声で頷いた。その態度に少しイラッとする。
「オレはその態度を見てないけどよ。なんでそう決め付けるんだ? 本人に確かめたのか?」
「だからそれを聞けないから困ってんだよ!」
ばん。と机を叩く。周辺で食事をとっていたクラスメイトが一斉にオレ達を見る。田中は少し驚きながらも、落ち着けよ。とオレを宥める。
「琴音に聞けないから困ってんだよ。それを矢田に聞こうとしたら断られるし」
どうしろってんだよ。とオレは項垂れる。そんなオレを見て田中は、お前さぁ。と溜め気交じりで呟き、
「考えすぎなんだよ」
「じゃあどうしろって言うんだよ。考えなきゃどうすればいいかなんて分かんないだろ」
睨みつけるオレに、田中はそうだな。と
「オレが何とかしてやるよ」
「は? お前になんかできんのか?」
おうよ。と田中はどん。と自分の胸を叩く。
「彼女もいないのに?」
「それは今関係ないだろ。何とかしてやらないぞ」
「……悪い。でも、どうやって……」
「まぁそれは後でのお楽しみってやつだ」
にやり。と笑って田中は弁当のおかずに箸をつけはじめる。結局どうやって何とかするのか分からなくて、腑に落ちないまま残ったパンを平らげたのだった。
******
「まったく、狗牙君ったら……」
昼休み、お母さんが作ってくれた弁当を食べながら私は呟く。思い出すのはあのクラスメイトの狗牙君のことだ。
朝の狗牙君の言葉を思い出す。
『考えても分からないし、オレじゃあ琴音に聞けそうにないんだよ。矢田だったら何か分かるだろ。教えてくれよ』
まるで宿題を写すから貸してくれと頼むようなノリで聞かれて腹が立った。彼のお腹に一発パンチしてやろうかと思ったけど、何とか堪えたあの時の私とてもグッジョブ。
思い出しただけでムカムカが体の中にたくさん生まれて、自然とおかずを噛む力が強くなる。いつも入れてくれる玉子焼きをまるで氷を噛み砕くほどの力で粉々になるまで噛み続けるけど気分は全く晴れない。
「ひーちゃん、大丈夫?」
「え?」
私の前に座っていた琴音が心配そうな顔で私を見ていた。私は慌てて刻まれた玉子焼きを飲み込む。
「ごめんごめん。ちょっと考えごとしてて」
あはは。と笑って別のおかずに箸を伸ばそうとしたら、
「だからそれを聞けないから困ってんだよ!」
突然大きな声と机を叩く音に、びくっ。と体が震える。一体何事かと見てみたら、視線の中心にいたのは狗牙君だった。なにやってんのよ、あいつは。田中君に宥められ落ち着いた狗牙君を見て、思わずそんな気持ちになる。琴音の方へ顔を戻すと、彼女は特に怯えることもなくさっきと同じようにお弁当を食べているだけだった。
「ねぇ琴音さ」
そんな琴音に私は声をかける。
「なに? ひーちゃん」
「狗牙君と日曜日なにがあったの?」
「っ!?」
私の質問に琴音は目を見開いて苦しそうに咳き込みはじめた。私は急いで、ペットボトルのお茶を琴音に渡す。
「大丈夫、琴音?」
「大丈夫じゃない。死ぬかと思った……」
ぜぇぜぇと息をしながら、琴音が私を睨みつけてくる。目尻にちょっとだけ涙が浮かんでいた。
「あはは、ごめんね。でも私はこの前の日曜日になにがあったのか聞きたかっただけなんだけどなぁ」
そう言って琴音の表情を
「じゃあさ、琴音って狗牙君の事どう思ってるの?」
「こー君の……こと……?」
一秒、二秒、三秒、とカウントしたら、琴音の顔がぼんっ。と爆発したように真っ赤になって俯いた。
それだけでもう十分、答えを言ってるようなもんだよ。日曜日に何があったのかは私には分からない。でも、琴音の中で何か変わるきっかけがあったのは確かなんだ。私はそう思いながら、熟れたリンゴになった友達を眺める。
端から見ても狗牙君の事を意識してるだろ。と思われるほどにバレバレの行動をとる琴音なのに、あの男は全く気付いてなくて、さらに私にそれを聞いてきたんだ。なんで分からないのかなあもう! あ、ヤバイ。思い出したらまたムカムカしてきた。せっかく忘れかけてたのに。
気を紛らわそうと、おかずを食べようとしたところでお弁当の脇に置いていたスマホが突然震えた。
なんだろ。とスマホを開くと、何故か田中君からメッセージが届いていた。
なんでわざわざメッセージ? 同じクラスでしかも今そこまで離れてない場所にいるのに、なんでそんな回りくどいことを。と考えて内容を開いて、私はその意図を理解する。
「……しょうがないなぁ」
ため息混じりに呟く。
「? どうしたの。ひーちゃん」
私の独り言が聞こえたのか、お弁当箱に向けていた顔を上げ琴音が首を傾げる。
「ううん。こっちの話」
そう答えて、私はスマホのキーボードに指を走らせる。
了解。という文字に変換し、ついでにウサギが敬礼してるスタンプもおまけに送信。
これでもしも変化なしだったら、お腹にパンチじゃ済まさないからね、狗牙君。そんなことを思いながら私はスマホをお弁当の脇に置いたのだった。
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