第9話『やっぱり会いたかった』
桜木植物園は、校外にある大きな植物園だ。雨でも晴れでも楽しめるドーム型の中には様々な植物が各コーナーに別れており、春夏秋冬の花を年中楽しめる。外には原っぱもあるため、お弁当を持ち寄ってピクニックをする家族も多いことから、家族連れが主だ。しかし、今は若者も多く来るため、来場者数はうなぎ登りになっているらしい。
オレはその植物園近くにある、ヒマワリにワニの細長い顔と手足がついたここのマスコットキャラ、ひまワニ君の看板の側で琴音を待っていた。日曜日という事もあって植物園への向かう人は多い。さすがはSNS効果といえるのか、比率で見れば高校生や中学生が圧倒的に多い。
「ちょっと、歩くの早いから!」
ぼんやりと歩いていく人たちを見ていたら、そんな大きな声が聞こえた。
「早く早く! もっと早く歩こうよ和泉さん」
「別に植物園は逃げないから。こっちはなれない靴で歩きづらいのよ」
気になってその声の主を目で探すと、二人のカップルがオレの前を通り過ぎていった。ぼさぼさな髪をした少年が目を輝かせながら、少女の手を引いていた。手を引かれてる可愛らしい彼女の方は少し困ったように歩きながらもどこか嬉しそうで口元がちょっと綻んでいた。
「……いいなぁ」
通り過ぎた二人の姿を見送りながら呟く。今の二人、すごく幸せそうだったなぁ。少年の方は分からないけど、少女の方はきっと幸せそうな顔をしていた。幸せというより、楽しい。に近いかもしれない。
『人間を傷つけたお前に果たしてその価値はあると思うのか?』
狼月の言葉が聞こえた。勿論、近くにいるわけじゃない。オレの頭の中に聞こえたんだ。それと同時に、昨日ボコボコにされた時の痛みも思い出したようにズキンと主張してきた。
「なにがいいの?」
「うわぁっ!」
横から聞こえた声に思わず飛び上がる。周りからの視線を受けながら見ると、いつの間にかオレの横には琴音が立っていた。
「い、いつからいたんだよ」
「ん? こー君がいいなぁって言いながら女の子見てたところから」
そう言って二人が通り過ぎた方向をじっと見て、
「さっき見たいな女の子が好きなの?」
「ち、違うから! てか、何でそんな話になるんだよ!」
「だって見てたでしょ? 女の子」
見てたのは少女だけじゃなくてその前に少年もいたんだんけど、どうやら琴音からは見えなかったらしい。オレは違うって。ともう一度否定してやってきた琴音を見る。
ふわふわの髪をサイドテールに結っており、チャームポイントの紺碧のガラス球がキラリと光る。淡い春色のワンピースに靴は薄い水色のパンプス。女の子がちょっとオシャレしてみた。という背伸び感がでててすごく可愛い。
「こー君。どうしたの、その怪我」
琴音がオレの顔を見て、そっと顔に貼ってある絆創膏に手を伸ばす。細くて小さな琴音の指先が触れた途端、電流のような痛みに、顔を
「あ、ごめんね」
「大丈夫大丈夫。ちょっと転んじまってさ」
痛みを隠すように笑いながら誤魔化す。
「こー君鈍感さんだねぇ。転んじゃうなんて」
「お前もよく転ぶだろうが」
「私は転びそうになってるだけで、転んではないので大丈夫なのです」
ふふん。とドヤ顔でふんぞり返る琴音。ドヤっ。としてる顔が可愛い。でも、それを悟られないようにオレは屁理屈言うな。とこつんと軽く頭を叩いてやった。
「あ、そうだ。こー君。どうかな? 今日の服」
「中学生の女の子がすごく背伸びしたファッションですごく可愛いぞ」
「ホント? 可愛い?」
やった。と喜ぶ琴音。うん、ぴょんぴょんとはしゃぐ度にサイドテールが揺れるのもまた可愛い。まさに可愛いの波状攻撃だ。
「ん? それって褒めてるの?」
「褒めてるに決まってるだろ。すごく可愛いぞ、琴音」
可愛い可愛いと言いながら頭を撫でると、ふふん。と嬉しそうに笑顔を向けた。
「じゃあレッツゴーだよ、こー君」
随分上機嫌になった琴音が先頭きって歩き出す。その小さな背中と、先程のカップルの背中が重なった。
オレも人間に生まれてれば、こんな事で悩まなくて良かったんだろうな。なんで、真神なんてものになったんだろう。
誰にも責任の取れない文句を心の中で呟き、オレもその背中に続くように歩き出したのだった。
*****
当然というべきか植物園の中は人で沢山だった。左を見ても右を見ても人、人、人。館内アナウンスで迷子の案内がひっきりなしに鳴っている。
「すごい人だねぇ」
「今一番人気の場所だからな」
入ってすぐの場所で圧倒されるオレと琴音。まさかここまで人が多いなんて。というより、この町にこんな多くの人口があっただろうか。多分色んな所から来てる人もいるのだろう。改めて、ここの人気に驚いてしまう。SNSホントにバカにできないな。
「まずどこから見ようか」
オレは入場口で貰った折りたたみ式のパンフを開く。中にはドームの中が描かれており、各コーナーの簡単な紹介や、フードコート、お土産屋の紹介なんかが掲載されていた。まず入り口入ってすぐがセントラルパークと呼ばれるたくさんの花で作られたアーチに彩られたコーナー。そこを右から時計回りに春、夏、秋、冬の花が展示されていて、これが一般的な鑑賞コースとなっている。
「やっぱりここは一般的なルートでいいだろ」
「うん、そうだね」
「私もさんせーい」
二人の了承の声にオレは頷いて、じゃあ行くか。と足を踏み出した瞬間、動きが止まった。
ん?
振り向く。オレの後ろには同じように首を傾げている琴音。そしてその後ろには天楼さんの姿があった。
「……………………なんでいるんですか」
「あら? お邪魔だった?」
白々しく首を傾げる天楼さん。今日はいつもの白いYシャツとタイトスカート姿ではなくストレートヘアでもなかった。髪はポニーテールにまとめており、淡いピンク色のオフショルダーニットに膝丈まである紺色のスカート。そこからすらりと健康的な素足が伸びており、靴はいつもより少し低めのヒールで、背丈がオレの頭一つ分低くなっていた。いつもの天楼さんしか見たことないから、こんな姿は新鮮でちょっと見蕩れてしまった。
「……オレ、天楼さんに話してないですよね……」
「まぁまぁ細かい事は気にしない。気にしない」
「いや、細かくはないんですけど……」
そんな言いあいをしてると、横から冷ややかな視線を感じた。
「ん? 琴音?」
「こー君、その人誰?」
あれ? さっき琴音から冷たい視線を感じて振り向いたら、いたって普通の表情だ。
「あー。この人は、親戚の……」
「
「どうして、私の名前?」
天楼さんが差し出した手を握って、琴音が疑問に首を傾げた。
「こいつ、いつも私に琴音ちゃんのこと話してるのよ。もう耳にタコが出来るくらいね」
「そうなんだ」
「滅茶苦茶可愛い子じゃん。どうしてもっと早く会わせてくれなかったのよ」
このこの。と肘で腋を突いてくる天楼さん。薄めの服だからか、間近に大きな二つのふくらみが見えてしまうが、見えないように視線を逸らす。
「それじゃあ、早速行こっか」
「え? ついて来るんですか?」
「いいじゃん。折角琴音ちゃんとお知り合いになれたんだし。なんか困ることでもあるの?」
「困ることというか……」
デートしてるんだから、空気を読んでください。というべきなんだけど、琴音がそれを理解してるのか分からなくて口ごもる。
「私は別にいいよ。こー君」
「琴音……」
「じゃあ決定ー。行くわよ、狗牙」
言うや天楼さんはオレの腕を組んで歩き出す。
「ちょっと天楼さん、腕、腕」
「はいはい細かい事は気にしない気にしない」
「だから気にしますってばー」
そんなオレの言葉は他のお客の波に入った途端流されて消えていったのだった。
結局、春、夏と進んでる間、天楼さんはオレの腕を組んだまま、琴音と話に興じていた。時折柔らかい感触が腕越しに伝わってくるたびに、心臓がどくん。と跳ね上がってしまいそれを二人に悟られないように抑えるのが滅茶苦茶大変だった。
「天楼さんはこー君と仲がいいんだ」
「そりゃあ狗牙が赤ん坊の頃から世話してるからね。私にとってはまだまだお子ちゃまよ」
ねー。と同意を求めてくる天楼さん。よくもまあそんな嘘がペラペラとでてくるもんだ。まだ知り合って数年だというのに。
「逆に琴音ちゃんと狗牙はどうやって知り合ったの? 狗牙がこの町に来てまだ一年でしょ?」
「普通だよ。一緒のクラスで席が隣だったの。私がすごくのんびり屋さんだったからこー君がよく私のこと助けてくれて。それからずっと仲良くなったの」
何だか恥ずかしくて顔がむず痒い。ちなみに補足しておくと、オレが琴音と再会したのは琴音の言う時よりも前だった。
桜がもう散り終わるといった季節、偶然山を降りたオレは琴音と再会したのだ。最も、再会したというより、オレが琴音の姿を見つけたというのが正しい。数年も立てば人は変わる。と聞いたけれど、琴音はあの時から少しだけ身長を伸ばした位で雰囲気は全く変わってなかった。その姿に安堵を覚えつつも、オレはどうしても琴音に会いにいけなかった。
それはあいつを危険に晒してしまった過去のことが一つだ。琴音はあの時の事は覚えてないと狼月は言っていた。もしもオレと会ったことでその記憶が蘇ることもあるかもしれない。それがどうしてもオレの足を一歩踏みとどまらせていた。
でも数年ぶりにみた琴音は子供の頃よりも数倍可愛くなってて、その日から一日、一日と経つごとに会いたい気持ちは大きくなり、オレの中で会いたい気持ちと会えない気持ちが終わりのない戦争を続けていた。そしてその終結は会いに行くという強い覚悟の勝利で幕を閉じ、オレは狼月と大喧嘩をして、天楼さんの所へ行き、今ここにいる。
琴音の話を聞いて、天楼さんはへぇ。と呟いて、
「いいとこあんじゃん。ちゃんと私のいう事守ってるのね」
ニヤニヤと笑いながらさらに密着してくる天楼さん。柔らかい弾力が、むに。とオレの腕によって潰される感触にごくりと生唾を飲み込む。
「もうやめてくださいよ、天楼さん」
耐えられなくて、オレは少し顔を近づけて小声で話す。
「やめるって何を?」
「この腕のことですよ。わざとですよね?」
「何のことか分からないわねぇ」
すっとぼけたようにいう天楼さんの態度に苛立ちを覚えた。絶対分かってやってるに違いない。どうしてこんなことをするのかは知らないけれど絶対そうだ。
「ホントにいい加減にしてくださいよ」
「まぁまぁそんなに怒んないでよ」
そう言ってさらに密着してくる天楼さん。だからそれをやめてくれって言ってるのに。
再び冷たい視線を感じて、慌てて横を向く。今度は気のせいではなかった。
「琴音……」
「こー君、ごめんね。私、今日気分悪いみたい。もう帰るから」
じゃあね。と琴音は俯いたまま進行方向とは逆方向へと走り出していった。
「お、おい琴音!」
追いかけようと駆け出そうとしたが、天楼さんの腕が邪魔でスタートダッシュが決めれなかった。
「離して下さいよ、天楼さん!」
「別にいいじゃない。気分が悪いって言ってるんだからそこは尊重してあげれば」
「あーもう! いいから放してくれよ!」
我慢の限界で大声が出て天楼さんを睨みつける。彼女もじっと無言でオレを見ている。しばらくの視線のぶつかり合いが数秒続いた後、
「はいはい。放します放しますよ」
ため息混じりでようやく天楼さんが腕を放してくれた、離れたと同時に、オレはすぐに琴音が走っていた方向へと向かう。
「――なさいよ――」
ぽつりと、天楼さんが何か声をかけてきたけれど、それを確認する気も起きなくて、オレはただ真っ直ぐ前へと進むのだった。
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