第6話『次の作成は……』


「オレさ、昨日琴音に告白したんだよ」

「そうか。それは良かったなー…………え?」

 翌朝。自分の教室の席に着いたオレの言葉に、適当に返事をしながらスマホをいじっていた田中の動きがピタリと止まった。その拍子に持っていたスマホがするりと彼の手を滑って地面へと落ちる。

「おい田中、スマホ落ちたぞ」

 かしゃんと音がしたスマホを拾って渡してやる。特に画面にヒビは入ってなかった。良かったな、田中。

「いやいや。それどころじゃねぇよ。お前今なんて言った? 告白したとか聞こえたけど」

「あぁ告白した」

「え! 狗牙君、琴音に告白したの?」

 田中の声に気づいたのか矢田までやって来た。ちなみに琴音は自分の席に着いた途端ぼんやりと机に突っ伏していて、こちらの話には気づいてない。

「昨日お前、理想のロケーションがとか言ってたじゃないか。どういう風の吹き回しだよ」

「別にいいだろ。そういう雰囲気だったんだよ」

 そう、あの時の状況は言うべき雰囲気だったんだ。言わなくちゃいけない雰囲気だったんだ。だから告白した。それだけなんだ。

「で、どうだったの? どうだったの?」

 興味津々に目を輝かせながら矢田がオレと田中の間に割り込んでくる。

「やっぱりOKもらった? もう晴れて恋人同士になっちゃった?」

「いや、友達として好きだって言われたよ」

 きゃー。と頬に手を当てて一人盛り上がっている矢田に端的に答えると、さっきの田中と同じように動きがピタリと止まった。

「え? 嘘でしょ?」

「マジ、か……」

「嘘じゃないし、マジだ」

 深刻な顔をする二人にオレは頷きを返す。その反応に、二人は重たい溜息をこぼし、手で顔を覆って項垂れた。

「まさか、そこまでだったなんて……」

 信じられない。と言いたげに矢田が呟く。

「未谷の鈍感さヤバいな……」

「いや、別にオレは気にしてないんだけどな」

「気にしなさいよ!」

「そこは気にしろよ!」

 二人の息の合った声が重なってオレを睨みつける。矢田に至っては目がぎらぎらと光ってて、獰猛な獣を思わせる雰囲気さえ出していた。

「いや、だってさ。もしも本当に断られたりしたら、気まずいだろ」

「だからって――んおっ」

「だからってこのままでもダメでしょ! 告白できないままでいいの? ずっと友達以上恋人未満の関係で満足なの?」

 田中を押しのけて矢田が詰問してくる。

「言っておくけど、その関係の末路は最悪なものだよ。私の友達が部活の先輩のことが好きなのに、今の関係で良いから。なんて言って告白もしなかったら、その先輩、翌週には彼女作ってたの。分かる? 今の関係に甘えてたら横からさらっとかっさらわれちゃうのよ」

 いいの? と指差してくる矢田の熱さに、ついて行けず少し戸惑ってしまう。

「な、なんでそこまで矢田が真剣なんだよ」

「そんなの、琴音と狗牙君がお似合いだと思ってるからに決まってるからじゃない!」

「矢田……」

 真剣な矢田の言葉に少し心が動く。まさか、そんなにオレと琴音のことを考えてくれているなんて……。

「今でも十分カップルみたいだけど、琴音がもしも他の男と付き合ったらもう見れないなんて嫌なのよ、私は」

 結局見世物扱いかよ……。ちょっと感動したオレの気持ちを返して欲しい。

「でもよ。狗牙が真正面から告白してもあの返しだったんだぞ。そんな未谷にどう気持ちを伝えるんだよ」

 難しそうな顔をする田中の言葉にオレは頷いて矢田を見る。しかし彼女は、ふっふっふ。と不敵な笑みを浮かべていた。まるでその言葉を待っていた。と言わんばかりの表情だ。

「ちゃんと策は考えてるわよ。この私にまかせなさい」

 そう言って矢田は力こぶを見せるように右腕を曲げてどや顔を見せたのだった。


 *****


「んー。今日も学校終わったねー」

 放課後のいつもの帰り道。オレの横で、うん。と背伸びをする琴音。

「いやぁ。今日の勉強も難しかったね。こー君」

「お前ほとんどの授業は寝てただろうが」

「そんなことないよー。ちゃんと起きてたよ」

「嘘つくな」

 がっつり机に突っ伏して熟睡してた奴がいう言葉かよ。と思い、こつん。と軽く叩くと、琴音はえへへ。とごまかすように柔らかな笑みを向けた。くそう、可愛くてこれ以上怒る気になれない。

 しばらく琴音と並んで他愛のないことを話ながら、オレはそっとポケットに手を入れる。指先にかさりと、何かが触れた感触を確かめて、こほん。と小さく咳払い。

「な、なあ琴音」

 緊張が伴っていたのか、声を出したら少しだけ上ずってしまい顔が一瞬熱くなった。

「なーに?」

 首を傾げて琴音がオレを見上げる。紺碧色のガラス球がついたヘアゴムと共に琴音の髪が少し揺れて、黒色がかった瞳の中にぼんやりとオレの姿が映る。

「明日の休みさ、その……一緒に出掛けないか?」

「お出かけ? 何処に?」

「これ、なんか最近人気だって聞いたからさ」

 ポケットの中に入れていた二枚の紙を取り出して琴音に見せる。桜木植物園さくらぎしょくぶつえんと書かれたチケットはこの町にある大きな植物園のことで、今そこでは色とりどりの珍しい綺麗な花々が飾られるイベントをやっており、その綺麗さと幻想的な展示方法に女子高生やカップルの来客が後を絶たないらしい。SNSではいろんな花をバックに写真をあげている人が続出しており、今最も流行の最先端を行くスポットなのだ。というのを矢田から聞いた。矢田の作戦はひどく単純で明快。ここでデートしろ。ということだった。

「あー。ここ、ひーちゃんが言ってた場所だ。よく知ってるね、こー君」

 ひーちゃんとはもちろん矢田のことだ。琴音は大体親しい間柄の奴等には名前の初めの文字を伸ばすのが癖だ。

「一緒に行かないか?」

 口の中がカラカラと乾く。まさか一緒に出掛けることを誘うだけなのに、こんなに緊張するなんて思ってもみなかった。チケットを持つ手が自然と強くなり、内側からじんわりと汗が浮き出る感じがした。

 琴音はオレとチケットを何度か交互に見ている。行くかどうか考えているのか、それともどうしていきなりこんなところへ誘うのだろうかと考えているのか。

 沈黙が重い。もしも断れたらどうしようという気持ちが強くオレの中の不安を掻きたてるので目を閉じて気持ちを落ち着かせる。

 ほんの少しの時間だと思うのに、何故か一分、二分と体内時計は何倍速のような速さで進んでいく。まるで拷問のような時間だ。早くオレを楽にしてくれと願っていたら、

「うん、いいよ」

 それは天啓にも思える言葉だった。すぐに目を開けて琴音を見るといつものほんわかな笑顔をしてオレを見ていた。

「え?」

 信じてなかったのか、それとも確認のためにもう一度言って欲しかったのか、オレは聞こえなかったような表情を向ける。

「こー君のお誘いに断る理由ないもん。行きたいな」

 その言葉が耳からゆっくりと体に入っていき、心臓の辺りに到達したところで、じんわりと全体に行き渡るや、それはアドレナリンへと変わり、オレの体がカッ。と目が覚めるように熱くなる。

「じゃ、じゃあ行こう。絶対行こう! 今すぐ行こう!」

「今すぐって、こー君気が早いよ」

「あ、そうかそうだったな」

 あはは。と笑って頭を掻く。体がふわふわして自分が何を口走ってるのかたまに分からなくなる。そんなオレの冗談に、琴音も笑い、

「それじゃあ明日だね」

「あぁ。明日10時に植物園に集合な」

「うん。分かった」

 琴音は差し出されたチケットを一枚抜き取って頷き、

「また明日ね、こー君」

 ぶんぶん。と手を振り、分かれ道を走って行った。オレもその背中に向けて、手を思い切り強く振り返す。普段だったら絶対しないけど、今のオレはそれを忘れるほどに有頂天だった。


「あらまぁ。ずいぶんと嬉しそうな顔してるじゃない」


 突然背後から聞こえた声に、有頂天だった頭が我に返る。聞き覚えのある女性に声に、ゆっくりと振り返ると、そこには美しい女性が立っていた。

 オレより頭一つ分高い身長に、色が抜けたような白い髪が腰までストンと伸びている。スタイルのいい体躯は髪の色とは正反対の黒いジャケットをまとっており、社会人を思わせるけれどYシャツのボタンは二つほど開けて着崩しているのでそんな印象は感じられない。開いたボタンから黒い布が少しだけ出ているのが見えてオレは逃げるように目を顔の方へと向ける。深い青の瞳は、妖艶な感じにオレを捕らえていて、小さく赤い舌がちろりと顔を出す。まるで得物を見つけたような表情に少し怖じけつつも彼女と目を合わせる。

「やっほー。元気、狗牙」

「……一昨日会ったばかりですよ、天楼てんろうさん」

 オレの返事に天楼さんは、いいじゃないの。と笑みを崩さずに、

で人間になった狗牙の様子が私は気になるんだから」

 そういう天楼さんの瞳には、オレを心配している。なんて気持ちは一つも浮かんでなく、ただ、さっきの子誰なの? と言いたげな気持ちが詰まっていて、オレはこれからされるであろう質問攻めを考えて、自然とため息がこぼれたのだった。

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