第2話 お姉ちゃんと魔術ビジネス①
古城が、青々とした緑に囲まれた湖畔の中に悠然と佇んでいる。
ここは欧州のスイス、シヨン城内。豪華なシャンデリアに照らされた大広間で、僕とお姉ちゃんは二人並んで食事を取っていた。
テーブルの上には食べきれないほどたくさんの料理が並んでいる。スイス名物のチーズフォンデュに始まり、脂ののった厚切りにされたベーコン、それから、このラクレットは前菜にぴったりだ。
「こんなに歓迎されたのはサウジアラビア以来だね」
と、僕は先ほどからあまり料理の手が進んでいないお姉ちゃんに話しかける。
「うぅ〜まだぐらぐらするぅ〜」
お姉ちゃんは、半日前の過酷な船旅の影響をいまだに受け続けていた。というのも、僕たちはここスイスに至るまでの間に、船での密出入国という違法な手段を取らざるを得なくなっていたからである。
本当は飛行機でシリアを離れるつもりだった。けれど、僕がエリマキトカゲを使役する司教に襲われた際にパスポートを紛失したらしく、空港間での移動ができなくなってしまったのだ。
テロ集団の縄張りを抜け、ラタキアの港から闇業者の船に乗り込んだのはそれなりにハラハラする冒険だったのだけれど、お姉ちゃんに言わせれば「紛争地域は魔術での介入が少ない分、魔術師からの攻撃の可能性は低い」らしく、どうやら少し退屈していたのも、船酔いに拍車をかけたらしい。
「もう船降りてから半日経ってるっていうのにまだ治らないの?」
「さんかんきかんが敏感なのよ」
「三半規管じゃなくて?」
「そうとも言う……」
実際、釣船漁船のような小さな船体で、黒海の強風の中を進むのはきつい旅路だった。いくら最強の魔術師と言えど、一般人の前で天候を操るような真似はしたくなかったらしい(本当は、お姉ちゃんはあまりの船酔いに耐えかねて、その大掛かりな魔術を何度も発動しようとしていたけれど、僕が止めた。これでも僕は魔術師の端くれである。神秘は神秘に、だ)。
フランスのモナコに上陸し、はるばる海路と陸路でスイスへやってきたのは、お姉ちゃんのビジネス相手が待っているからだった。ビジネスといっても、大半はお姉ちゃんの力を頼りにしたゴースストバスティングである。今回もそのうちの一件らしく、「貴族は金払いがいいの」と旅の途中で被った様々な負債を返上する為に、皮算用でやってきたのである。
「600万スイスフランっていったら、日本円で7億円くらいだね。宝くじの一等と同じくらいの依頼料って、きっと封印指定レベルの魔術師とかだよ?大丈夫?」
「へっ、そんなん、お姉ちゃんにかかればらくしょーよ!……っうええええ」
「嘘が下手すぎるってば」
僕がお姉ちゃんの背中をさすっていていると、大広間の扉が大きな音を立てて開いた。そこから「オー!ミストウカ・アザラシ!マタお会いできてうれしいですノデ!」と変テコな日本語を使う少女が現れた。腰まで伸びた金髪を後ろで1つにまとめ、全身純白のスーツ身に纏っている。年は僕たちとそう変わらない、10代半ばのようだ。
「シャーミー!」と姉ちゃんはその少女に駆け寄る。
「アザラシ、オげんキ?」
「そりゃーもう!でもなんでシャーミーがここに?」
「ここ、わたしのおうチ。スイスの城は、だいたいウチのもノ。観光のために、ほとんど国に貸してるんだけド」
「お金持ちとは聞いてたけど、想像以上だったわね……」
お姉ちゃんと金髪の美女は魔術学院時代の同級生らしい。といってもシャーミーのほうはまだ在学中で、6年と言えば最上級生だ。
どうも、と僕が控えめに挨拶をすると、シャーミーはにこりと笑って
「どすこイ!」と言うのだった。
「貴族の依頼って言うからしゃちほこばってきちゃったけど、シャーミーのお願いなら
お姉ちゃんがそう胸を張る。舟酔いはすっかりさめたみたいだ。
それでも、シャーミーはノンノンと首を横に振った。
「これでも正式な依頼だヨ。本当はダディーが来るつもりだったんだけど、アザラシに会いたくて変わってもらったノ」
「まぁ、嬉しいこと言ってくれるわねん」
そっと、抱き合う美女2人。もう少しこの綺麗な百合園を眺めていたかったけれど、あえてつまらない話を持ちかける。
「それで、依頼って言うのは?」
シャーミーは片目で僕の方を見つめる。
「そうね、
「もぉーせっかくこの張りのあるシャーミーの胸を楽しんでたって言うのにぃ、柚希のおっぱい星人!」
「おっぱい星人はお姉ちゃんの方だからね⁉︎」
お姉ちゃんはシャーミーの背後にするりと回り込むと、スーツの上から胸の辺りを強引に揉みしだく。
「あッ……もゥ、やめてったらアザラシィ……」
男装のスーツのせいで気がつかなかったのだけれど、シャーミーのスタイルは相当良かった。
「って、ちょっとやり過ぎだよお姉ちゃん!」
「ちぇー、これからが本番だってのにぃ」
お姉ちゃんは渋々と言った感じで、シャーミーを解放する。
ハァハァと上気しながら、シャーミーは口を開いた。
「退治して欲しいのハ、この湖に棲みついてしまった魔物なのでス」
やはり、実力行使が求められる類の依頼だった。僕が出る幕は余りなさそうだ。そもそも、僕がでしゃばったところで、勝てる相手などどこにもいないのだけれど。
「ふーん、で、どんなのをぶっ倒せばいいわけ?」
流石のお姉ちゃん、余裕綽々である。それでも、7億円もする依頼料だ。一筋縄ではいかないような相手に違いない。それこそ神代レベルの霊獣とか。
「それはですネ」シャーミーは人差し指をピンと立てて言った。
「リヴァイアサンて、知ってまス?」
世界最強の姉が全肯定してくれるから、世界最弱の僕もなんとか生きられています。 瀬奈 @ituwa351058
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