第18話「今度は我が家へ」
「鶴宮麻衣子ちゃん……だっけ?」
「えぇ、よろしく」
駅前の広場を通り過ぎ、僕らは住宅街に差し掛かった。歩きながら軽い自己紹介をする。そういえば、ハルさんは麻衣子と話すのは、これが初めてだったね。流石、同性だから仲良くなるのが早い。
「よろしくね。麻衣子ちゃんは伊織君の友達なの?」
「うーん、友達なんて大した関係ではないわね。知り合い……ってほど他人でもないし、ただのクラスメイトよ」
素直に友達だって言えばいいのに。恥ずかしがってるのか? それにしてもハルさん、いきなりタメ口で自然に話せるなんて。成長したんだなぁ。なぜか僕は先程から彼女への保護者意識が抜けない。
「ハルは知ってる? 伊織の詩」
「うん、知ってるよ」
麻衣子はいきなり僕の詩を話題に出してきた。彼女は何だかんだ読んでくれてはいるが、批判が多いんだよなぁ……。
「そう。いやぁ、あれはもう本当に……」
「すごく素敵だよね!」
「え?」
思いがけないハルさんの反応に、困惑する麻衣子。多分一緒にとやかく言おうとしていたんだろう。でも悪いね、ハルさんはこちら側の人間だよ。
「こいつの詩、好きなの?」
「うん! すごく優しくて、時に尖ってて、でもやっぱり真っ直ぐな思いが伝わってくるの」
僕が目の前にいるのに、ハルさんはお構い無しに僕の詩をこれでもかと褒めちぎる。今度は僕が褒められる番か。あぁ……頬がメーターを操ったかのように、赤く染められていく。散々貶されたことはあったけど、こんなに褒め称えてくれるのは、確実にハルさんが初めてだ。
「伊織君の詩を読んで、嬉しいとか悲しいとか、ちゃんと感情を伝えないといけないなって思ったの。そうやって、人はわかり合っていくんだなぁって。私、伊織君の詩、すっごく好き!」
その時、ハルさんの背中に天使の翼が生え、荘厳に照り輝いているように見えた。目の錯覚なんだろうけど、きっと目の錯覚じゃない。こんなにも僕の詩を過大評価してくれているなんて、夢にも思わなかった。嬉しさのあまり涙が出てきそうだ。
ハルさん、君は天使だったんだね……。
「伊織、アンタ……この子のこと一生大事にしなさいよ」
「あぁ……」
麻衣子もハルさんの神々しいオーラに参ってしまい、ぼそっと僕に呟く。もちろん言わずもがなだよ。こんなに優しい人の友達でいれるなんて、逆に僕が釣り合わなくなりそうだ。
ハルさんの優しさに感動していると、いつの間にか保科家の屋根が視界に入ってきた。意外と話し込んでしまったらしい。僕は玄関の鍵を開け、ドアノブを引いて二人を中に入れた。
ガチャッ
「ただいま~」
「おかえりなさい、伊織。あら?」
ドアを開けると、すぐに奈月さんがキッチンから出てきて、僕らを出迎えた。父さんと母さんを亡くしてから、今まで僕が友人を家に招き入れたことがない。そのため、奈月さんは驚いた素振りを見せる。
「あっ、奈月さん、この子達はクラスメイトで……」
「青樹ハルです」
「鶴宮麻衣子です」
「あらあら、浦山奈月です。よろしくね♪」
二人は奈月さんに向かってお辞儀をする。奈月さんも二人にお辞儀を返す。僕が初めて友人と仲良くしている姿を見て、しかも家に招き入れるまで充実した関係を築いていることを、奈月さんは微笑ましく思ったことだろう。
しかし、奈月さんは不治の病に侵された病人を見るような、哀れむような目付きに変わって、僕を見つめてきた。な、何? 何なのその目は……。
「伊織君……二股はよくないと思うわ。二股は……」
「違いますよ!!!」
来るであろうと踏んでいたボケに、ついツッコミを入れてしまった。まぁ、いきなり女の子数人を家に連れ込むなんて、不審に思うのもわからなくはないけど。麻衣子とは全然そんなんじゃないですってば。ハルさんとは……その……///
あぁもう、この話やめ!
「まぁ、ゆっくりしてってね」
「お邪魔します」
「お邪魔しま~す」
「僕の部屋は二階だから」
二人は用意されたスリッパを履く。僕はすぐに二人を自室へと案内する。奈月さんはキッチンに戻り、僕達にお茶やらお菓子やらを振る舞う準備を始めた。よかった。これ以上からかってくることもなさそうだ。
キー
「えっと、ここが僕の部屋……」
中の様子を視界に入れた瞬間、ハルさんと麻衣子は口をぽかんと開けて動かなくなった。
机の上には、プリント類の束がめちゃくちゃに積まれていた。足の踏み場を無理やり作ったかのように、部屋の隅には畳まれたばかりの洗濯物が、乱雑に置かれている。クローゼットがあるのに衣服を収納せず、洗濯物は今にも埃を被りそうだ。
「はぁ……アンタって結構しっかり者のイメージだったけど、これは部屋が物語ってるわね」
やめてほしい。何も言わないでほしい。こんな状態でも、友人を招き入れようとした覚悟があるだけでも褒めてほしい。いや、それは全然褒めることじゃないけど。とにかく、最近は新作の詩を書くのに忙しくて、片付ける暇が無かったの! 本当なの!
「で、でも、伊織君だって男の子だもんね。部屋が汚くなるのも無理はないよね」
ハルさんが精一杯のフォローを入れるが、それが余計に僕の罪悪感を積もらせる。性別は関係無いでしょ。いや、関係あるか。男は女より部屋の整理整頓に無頓着な者が多いという、ネットの記事を見かけたような気がする。
あと、ストレートに「部屋が汚ない」なんて言わないでほしいなぁ。事実だから泣いちゃう。全然ずぼらな僕が悪いから、何も言えないんだけど。
「はぁ、とにかく片付けよう。悪いけど、二人は廊下で待ってて」
僕は二人を廊下に出るよう促す。元々ハルさんは部屋の片付けを手伝う気で来たけど、今さらながら申し訳なく思えてきた。やっぱりここは自分の手で片付けよう。そもそも常識的に考えれば、部屋を掃除させるために友人を家に招くなんて、どうかしてる。
「……」
「ハルさん?」
ハルさんは机の上のプリントの束を見つめる。どうしたんだろう。すると、彼女ゆっくり右手を前に突き出した。プリントに手のひらをかざして、気を張った。
ま、まさか……!
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