第17話「お手伝い」
「……よかった」
僕は女の子の中心で笑うハルさんを、保護者になったような気分で微笑ましく眺めた。
「何が?」
「え!?」
すぐ隣で声が聞こえた。麻衣子の声だ。
「ん? あぁ、ハルのことね。よかったわね、クラスに馴染めて」
麻衣子は女の子達とじゃれ合うハルさんを眺めて、他人事ながら微笑ましい表情で呟く。もう呼び捨てか。相変わらず距離を縮めるのが上手いな。
「どっかの誰かが、うまく手を引いたのかしらね?」
今度はこちらを横目でジロジロ見つめてきた。どうやら麻衣子は、僕とハルさんの関係に一番興味を示しているようだ。
「うーん、ちょっと違うかな」
「はぁ?」
確かに、僕がハルさんがみんなの前で上手く感情を表せられるように、きっかけを与えたようなものだ。僕の詩を読むことによって、彼女が笑顔になれたんだ。僕を通じて、彼女の笑顔はみんなに行き届いた。
しかし、僕の詩はあくまできっかけだ。結局はみんなと仲良くできるかどうかは、彼女の気持ち次第なのだ。
僕は考えを改めた。超能力を使えるというとんでもない特性を持っているけど、やっぱりハルさんは普通の人間だ。緊張もするし、うまくできなくて悩むこともある。
でも、超能力なんかを利用しないで、自分の気持ち次第で、誰とでも仲良くなれるんだ。なんとか上手くいってよかった。
「……伊織、さっきからハルのことばっか見てんじゃん」
「え?」
麻衣子にそう言われて、初めて気がついた。僕の視界には、もはやハルさんの笑顔しかなかった。頭の中でも、彼女のことばっかり考えていた。どういうことだろう……。
「もしかしてアンタ……」
「何?」
僕はここで初めて、麻衣子の方を振り向いた。先程から自分の視線を、ずっとハルさんの方に向けながら喋っていたのだ。麻衣子は探偵のような鋭い目付きで、僕を見つめていた。
「……いや、何でもない」
「え? 何だよ……」
麻衣子ははぐらかす。言いたいことがあるならハッキリ言えばいいのに。いつもの彼女らしくない。
「伊織く~ん」
ハルさんの声だ。再び顔を向けると、ハルさんがこちらに向けて手を振っていた。離れていても、僕のことを気にしてくれているんだ。
僕は笑顔で手を振り替えした。そうすると、ハルさんの周りの女の子は「キャ~♪」と歓喜の声を上げた。何盛り上がってるんだ?
騒いだり黙ったり、女の子ってよく分からないなぁ……。
今日の授業は午前までだった。学校で昼食を終えた生徒達は、ぞろぞろと下校の準備を始める。
「蛍ちゃん! 今日俺と一緒に帰らね?」
「ごめん! 今日は友達と一緒にカラオケ行く約束してるの……」
「ひぃぃ……」
蛍ちゃんは出男君に申し訳なさそうに手を合わせ、女の子達と一緒に教室を出ていった。一人残された出男君の横を素通りし、僕はハルさんの席へと向かう。
「ハルさん、一緒に帰らない?」
「うん、いいよ」
ハルさんはすっかり定着した笑顔で、返事を返す。こう思うのはよくないけど、ハルさんが他の女の子に遊びに誘われなくてよかったと、内心思ってしまった。でも、おかげで一緒に下校ができる。
「伊織……オメェ……」
後ろから出男君の視線が突き刺さる。彼の方を振り向くと、背中でメラメラと炎が燃え盛っていた。視線だけで分かるよ。「俺は蛍ちゃんから散々あしらわれてるってのに、お前は……」とか思ってるんでしょ。そんなこと思われても、困るんだけどなぁ……。
「まぁ、そうクヨクヨすんなよ。俺が一緒に帰ってやるから」
下校の支度を終えた裕介君が、学校鞄を抱えながらこちらにやって来た。
「ほんとは今日は満と一緒に帰ろうと思ったんだが、アイツもういなくなっててよ」
青葉満君か。彼とも仲良くなりたいな。何かきっかけがあればいいんだけど。
「つーわけで、お互い一人なら一緒に帰るっきゃねぇ! だから出……あれ?」
いつの間にか出男君は姿を消していた。一瞬目を離した隙にいなくなったのだろうか。
「仕方ない、広樹……って、アイツもいねぇ!」
裕介君が教室を見渡すが、彼の友人は既に全員教室を出ていった後だった。逃げ足が早い。
「ったく、何だよもう! 誰も彼もすぐいなくなりやがって! 仕方ねぇ、伊お……」
僕とハルさんは裕介君が誘う前に、急いで教室を出る。悪いね、二人きりの時間を邪魔されたくはないんだ。
「……何? 俺いじめられてんの?」
もはや誰もいなくなった教室の中で、裕介君はぽつり呟いた。
「どう? 新しい詩は書けそう?」
僕とハルさんは、昇降口で靴を履き替える。彼女がかかとを調整するために、足元に手を伸ばす。僕の目線も彼女の足元へと移動する。そして、スカートの下から伸びる彼女の白い素足に、思わずドキドキしてしまう。
「……///」
「伊織君?」
「へ? あっ、うん! あと少しなんだけど、まだ何か足りないんだよね~」
少々反応に遅れてしまう。なんでこの学校の女子のスカートは、こんなにも短いんだろう。ハルさんは恥ずかしくないのかな?
「家帰ったらすぐ続きをやりたいところだけど、部屋の片付けしないといけないんだよね。今すごく散らかってるから……」
「そうなんだ」
僕は下駄箱から外靴を取り出す。ハルさんの超能力に衝撃を受け、作詩により一層力を入れられるようになった。ただ、いまひとつインスピレーションが足りない。まだ筆が進み悩んでいる。
とはいえ、今優先すべきなのは部屋の掃除だ。となると、今日の執筆は停滞しそうだな。
「それじゃあ私が手伝ってあげようか?」
「へ?」
ボトンッ
無意識に外靴が手からするりと滑り落ちた。ハルさんが手伝ってくれる? ということは、僕の家に上がるってこと?
ドクドクドク……
ヤバい、またもや心臓が鼓動を早めていく。まるで、自分ではない他の誰かの心臓に変わってしまったかのように。
「そんな、そこまでしてくれなくてもいいよ。部屋が汚いのは僕の問題だし……」
「でも、伊織君が作詩に早く取りかかれるように、できることは何でもしたいな。伊織君の詩、私すごく楽しみにしてるから」
「ハルさん……」
僕はいつまでも靴を履き替えられず、唖然とする。いくら僕に早く詩を書いてほしいからと言って、知り合って間もない男の部屋に躊躇なく上がり込めるそのメンタルは、ちょっと達者過ぎるよ。
「それに、伊織君私の家に上がったよね? 私も伊織君の家、行ってみたいな」
「うっ…」」
それはズルい。いや、公平か。そりゃあ一度家に上がらせてくれたもんね。ここは仕方ないか。
「いいよ……」
「やった!」
喜びを感じる度にハルさんは笑うのがうまくなる。そんなに僕の家に行きたいのか。
「あ~、私も行っていい?」
僕らは後ろを振り向く。そこには麻衣子が立っていた。彼女はスカートのポケットに手を突っ込み、見下すように佇む。
「麻衣子……」
「確か私、アンタに本貸してたわよね? 返してもらうついでに行かせてもらうわよ」
「あぁ」
本というのは、恋愛の詩を書く上で参考にさせてもらった少女漫画のことだ。しかし、麻衣子まで付いてくることになるとは。彼女の不敵な笑みを前にすると、なぜか断れなくなる。何だよ……せっかくハルさんと二人きりになれると思ったのに。
「それに、ハルを守ってやらないとね。伊織が何しでかすかわからないから」
「何もしないってば!!!」
言うと思ったよ。ハルさんにそんなことするわけないじゃないか。むしろ、麻衣子が彼女に何かしないか心配だよ。とにかく、僕らは保科家を目的地に校舎を出発した。
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