第19話「秘密は広がる」
「……」
「ハルさん?」
ハルさんは机の上のプリントの束を見つめる。どうしたんだろう。すると、彼女ゆっくり右手を前に突き出した。プリントに手のひらをかざして、気を張った。
ま、まさか……!
ガザッ
数多のプリントの束が、手も触れずに揺れ出す。超能力を使うつもりだ。でもなんで……隣にそのことを知らない麻衣子がいるってのに……。
バサァ
「えぇ!?」
プリントが勢いよく跳ね上がる。それと同時に、麻衣子の驚きの声が重なる。プリントの中に埋もれていた透明なファイルも浮かび、プリントが一枚一枚丁寧に入れられていく。まるで透明人間が現れて、その場でプリントをファイルにしまっているかのように。
ファサッ
今度は部屋の隅に置かれていた洗濯物が、ひとりでに浮かび上がった。シャツやズボンが鳥のように宙を羽ばたき、クローゼットへと飛んでいく。
クローゼットもひとりでに開き、そこに衣服が畳まれて詰め込まれていく。衣服が全てクローゼットにしまわれる間に、プリントの方もファイルの中に全て吸い込まれる。そのままファイルは本棚の空きスペースへと差し込まれた。
床やテーブルに散らばっていた伊織の私物は、全てあるべき場所へと帰っていった。一切手も触れず、あっという間に片付けは終了した。先程まで原稿締め切り直前の漫画家の部屋のように散らかった僕の自室が、一瞬にして引っ越し作業を終えた大学生の部屋のように綺麗になった。
「……」
「……」
「はい、おしまい♪」
ハルさんは手をぱちんと合わせ、こちらを降り向いた。一仕事終えた主婦のように。僕と麻衣子は口をぽかんと開け、突っ立ったまま動けないでいた。
「えっと……タネ明かしをお願い……」
麻衣子にはかなりの衝撃だったようだ。何とか理性を保ちつつ、今目の前で起きた摩訶不思議な現象を、ハルさんの手の込んだマジックだと分析したらしい。まぁ、まず超能力という考えには及ばないだろう。及んだとしても、信じるのは余程のロマンチストか何かだ。
「びっくりさせてごめんね。実は私、超能力が使えるの」
「……は?」
あくまでも一般的な反応しか示さない麻衣子。初めてハルさんの超能力を目の当たりにしたあの時の僕と同じだ。麻衣子は同意を求めるように、僕に顔を向ける。
「伊織……」
「ほんとだよ。ハルさんは超能力者なんだ」
スッ
断固として理解できない麻衣子。ハルさんは漫画が並べられた本棚を指差す。すると漫画が一冊、命が宿ったかのように動き出し、宙に浮いてパラパラとページがめくられていく。よく見ると、それは偶然にも麻衣子から借りていた少女漫画だった。
「へ? は? あ、あぁ……ほ、ほえ? えぇ?」
麻衣子の心はみるみる冷静さを失っていく。手玉に取られた子どものように、目を丸くする。こんなに戸惑う彼女を見たのは初めてだ。ひとりでに動いていた少女漫画は、麻衣子の方へ飛んでいく。彼女はハッと我に返り、漫画を手に取る。
「本物だよ」
「えぇ……本物? マジで?」
「うん。ほんとに驚かせてごめんね」
「いや、いいんだけどさ……」
麻衣子は深く考え込む。
「伊織は知ってたの?」
「うん、この間ハルさんが教えてくれたんだ」
「あんまり人には話したくないけど、伊織君はこの能力のことを気持ち悪がったりしなかった。だから、伊織君と仲のいいあなたも、きっと軽蔑したりしないと思って……」
僕の場合はお互いに後ろめたい秘密があったからこそ、打ち明けるのにそれほど躊躇はしなかった。だがハルさんは麻衣子の素性をよく知らない。彼女がハルさんの超能力を不気味に思う可能性だってある。
それでもハルさんは勇気を出して打ち明けた。彼女とは自分の人間性で仲良くなるのは難しいと思っての判断だろうか。
「……怖い? 気持ち悪い?」
「……」
更に深く考え込む麻衣子。
「……別に」
「え?」
「超能力が使えるからって、アンタのこと人外扱いするわけでもないし。それに、この世の中超能力が使える人間なんて、結構いるしね。むしろ断然興味が湧いてきたわ。私、そういうオカルトチックな話、好きだもの」
麻衣子はハルさんに手を差し出す。珍しくキリッとした笑顔で、彼女を見つめる。麻衣子も彼女を普通の人間として認めてくれた。
「これからよろしく、ハル」
「うん! よろしく!」
手を握り締め合う二人。よかった。これで麻衣子も秘密を共有する仲間だ。こうして、彼女はハルさんの“友達”になった。
「いやぁ、まさか初めての友達が超能力者とはね~♪」
麻衣子はハルさんの肩に腕を回す。いいなぁ、女子は。そうやって同性であるハルさんに、大胆なスキンシップがとれるんだから。
「……ん? ちょっと待って、僕は?」
「だからアンタはただのクラスメイトよ」
「はぁ!?」
なんでそんなに僕を友達として認めないんだよ。別に減るものでもないのに。いや、ある意味減るものか。
「私も、麻衣子ちゃんが初めての友達でよかった♪」
「えぇ!?」
ハルさん! 今朝、僕が初めての友達だって言ったよね!? わざとふざけた発言だと分かっているものの、ついツッコミを入れたくなった。二人共、僕を仲間外れにしないでよ……。
何はともあれ、麻衣子がハルさんを受け入れてくれてよかった。この調子で、ハルさんにはどんどんいろんな人と仲良くなって、たくさんの友達に囲まれて、幸せな生活を送ってほしい。僕だけでなく、もっとたくさんの人と触れ合いながら……。
「……」
僕は心に何か引っ掛かるものを感じた。ハルさんにたくさんの友達ができるということは、彼女秘密を共有する人もたくさんできるということだ。そして、僕と彼女だけの秘密だったものがみんなのものとなり、僕と彼女の特別な関係が終わる……。
「伊織、何突っ立ってんのよ! 早くカラオケ行くわよ!」
「えぇ!?」
いつの間にか、一緒にカラオケに行くという話になっていた。なんでだよ。せっかく僕の家に来たのに。
「奈月さんがお茶とお菓子用意してるんだよ」
「じゃあ、それ食べ終わったら行こう」
「えぇ……」
「行こ、ハル」
「う、うん……」
とにかく、僕とハルさんは麻衣子に促され、部屋を出て行った。心に引っ掛かった何かは、今も僕の中にある。
たとえ僕とハルさんの秘密が僕らだけのものじゃなくなったとしても、僕は彼女の特別でありたい。彼女の一番でありたい。いつまでも、僕と彼女の二人だけにしかない何かを持っていたい。僕は上手く言葉に表せないもどかしさを感じていた。
* * * * * * *
「……美しい」
紫髪の男は、展望室から青い地球を眺めていた。男の視線の先にあるのは細長い島国、日本だ。
「ここがアイツがいる可能性が一番高い星だな」
「はい。そしてこの星の『日本』という国に、ターゲットは潜伏していると思われます」
操縦席に座る部下と、無線機で連絡を取り合う男。男達は地球に潜伏している何者かを追い求めているようだ。
「あの文書によれば、我々と似たような言語文化を築いているらしいが……」
「潜伏するには持ってこいですね」
「ステルスは効いているか?」
「はい、効いております。未だこの星からの反応は確認されていません」
「よし、突入せよ」
ゴゴゴゴゴゴ……
黒い鋼のボディを纏った巨大な宇宙船が、ゆっくりと地球に近づいていった。地球上のあらゆる場所に位置する観測機に気づかれることなく、音もなくゆっくりと忍び寄る。
「待ってろ、マイハニー……なんてな♪」
男はかつて自分のもとを逃げ出した女を思い浮かべ、不敵な笑みを浮かべた。
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