第20話「優しい友達」



「また君にとっておきの愛を~♪」


 シャカシャカ


「きっと喜んでくれる君へと贈りましょぉ~♪」


 シャカシャカ


「イエ~イ」


 シャカシャカシャカシャカ……

 満面の笑みでマラカスを振るハルさん。歌っている僕よりも楽しそうだ。歌い終えた僕は、そっとマイクをテーブルに置く。結局、本当にカラオケに来てしまった。僕、ハルさん、麻衣子の三人で。あれから3時間歌いっぱなしだ。


「……」

「何? その目……」


 麻衣子が汚物を見るような目で、僕を見つめてくる。人が変わったようにノリノリで歌う僕が、そんなに気持ち悪いか。たまには爽快に歌って、嫌なことを何もかもぱーっと忘れたくなる時だってあるだろう。


「伊織君、歌上手いね」

「いやぁ、それほどでも……」


 もうハルさんが褒めてくれるだけで、何もかもがどうでもよくなるな。彼女と一緒に時間を共有できるだけで、本当に楽しい。歌うところを初めて見られたわけだけど、割と緊張はしなかった。彼女との距離感に上手く馴染めたのだろうか。


「伊織、アンタさ……」


 麻衣子は液晶端末で歌唱履歴を確認しながら呟く。



SingOut!/ 乃木坂46


大空ラプソディー / ドリームプロダクション


ハルノヒ / あいみょん


NEED YOU /ドリームプロダクション


Brave Shine / Aimer


Sewing / ドリームプロダクション



「ドリプロの曲ばっか歌い過ぎよ!!!」


 麻衣子がマイクで拡声してツッコミを入れる。僕と彼女が順番に一曲ずつ歌っている。しかし、どれが僕の歌った曲なのかは、一目瞭然である。僕が入力している曲は、先程からドリームプロダクションの曲ばかりだ。でも、別に誰が何の曲を歌おうが自由じゃないか。


「だって……」

「まぁ、亡き両親のやってたバンドだから、歌いたくなる気持ちも分かるけどさ。事情を知ってる分、こっちもなんか気まずくなるのよ」


 麻衣子も僕の父さんと母さんのことを、亡くなった後に知った。彼女も密かに僕の両親のバンドをの曲を聴いていた。僕が詩を書く理由を、十分に理解している。その割には好評価をくれなかったけどね。父さんと母さんの曲はすごいって言ってたのに。


「亡き両親? え? じゃあドリームプロダクションって……」


 ハルさんが呟く。そういえば、ハルさんには両親がバンドをやっていたことは話したけど、バンド名までは伝えてなかったな。


「うん、僕の父さんと母さんがやってたバンドの名前だよ。僕が一番尊敬するアーティストさ」

「確かにドリプロはすごいわ。アンタと違ってね」

「うるさいなぁ!」

「あはは……」


 三人で笑い合う。プチクラ山でハルさんに説明した時とは違い、堂々と胸を張って両親のことを言えるようになった。

 僕が父さんの母さんの意思を受け継いで作詩を続けているのを、とても素晴らしいことだとハルさんが言ってくれたからだ。自分の趣味のことも、亡くなった両親のことも、もう考え込む必要もなくなった。


「あ、やばっ……もう残り20分よ! さっさと歌わなきゃ!」


 液晶端末の時刻を見て、焦りだす麻衣子。時刻はまもなく午後6時を迎える頃だ。


「そういえば、ハルさんは歌わないの?」

「え?」


 先程から僕と麻衣子が交代で歌っているが、まだハルさんが一度も歌っていないことに、ようやく気がついた。自分達だけで盛り上がって申し訳ないな。


「せっかくだから、ハルも何か歌ったら?」


 麻衣子はハルさんにマイクを差し出す。彼女は所々マラカスや拍手で、合いの手を入れていた。一応楽しんではくれてるけど、歌うことには遠慮気味だ。


「ごめん。私、歌手とかよく分からないし、歌もあんまり聴かないから……」

「え? じゃあ知らない? ミスチルとかワンオクとか」

「……知らない」

「髭男とか米津玄師とかは?」 

「……知らない」

「さすがに嵐とかAKB48とかは知ってるわよね?」

「……知らない」


 麻衣子がぞろぞろと有名どころのアーティストの名前を並べても、ハルさんが頭を縦に振ることはなかった。もはやあまり聴かないというレベルではないような気がしてきた。


 どうして知らないんだろう。僕らのような若い世代なら、お店で流れる流行りの曲が気になって調べたりとかしてもおかしくないのに。余程音楽とは無縁の生活を送ってきたのだろうか。それもあの山奥での生活が原因か。いや、ハルさんが引っ越してきたのはつい最近のはず……。


「……ごめん」


 落ち込むハルさん。今にも泣いてしまいそうだ。こんな私が一緒にカラオケに来ちゃいけなかったよね、という懺悔の念が伝わってくる。そんなことはない。


「いいんだよ。何も知らないからって、ハルさんを責めたりなんかしない」


 むしろハルさんのおかげで、僕にもまだまだ知らないことがあると分かったんだ。ハルさんの超能力を目の当たりにし、まだ見ぬ世界の神秘の存在に気がついた。僕だってハルさんに教えてもらってばかりだよ。


「知らないんなら、僕達が教えてあげるよ」


 ようやくハルさんが顔を上げた。その瞳は涙で潤んでいた。僕は涙をすべて掬い上げるように、ハンカチを差し出した。


「だって僕達は……友達なんだから」

「伊織君……ありがとう」


 ハルさんはハンカチを手に取り、涙を拭う。よかった。友達が泣いてるところなんて、見たくないからね。




 友達……本当にそれで満足だろうか。


「いい感じの雰囲気のとこ悪いんだけどさ、あと15分」

「あぁ!」


 麻衣子が僕らを現実に引き戻す。ずいぶんと話し込んでしまったらしい。時間を無駄にはできない。とにかく歌おう。


「何歌おうかしら、迷うわね……。伊織、先入れて」

「うん」


 ピッ



栄光 / ドリームプロダクション



「またドリプロの曲かい!!!!!」


 麻衣子のツッコミが再びマイクで大きく響き渡る。






「送ってくれてありがとう。今日はすごく楽しかった」

「うん、僕もハルさんとカラオケに行けて、楽しかったよ」


 いつものようにハルさんをプチクラ山の入口まで見送った。今日は彼女の友達が増えた記念日だ。心の中が温かいもので満たされたようで気分がいい。

 これからも、こうやって彼女の秘密は広がっていくのだろう。その度にまた新しい友達ができて、彼女の周りは次第に賑やかになっていく。


 微笑ましいようで、寂しいような、複雑な気分だ。


「これからまた作詩?」

「うん、早く完成させなくちゃ」


 早くハルさんに新しい詩を読ませてあげたい。きっと彼女は大袈裟に褒めてくれる。素敵な笑顔を見せてくれる。僕はその笑顔が見たいんだ。そのためには、一刻も早く完成させなくては。


「頑張ってね! 私、応援してるから!」

「ありがとう! それじゃあまた明日ね」

「うん! バイバイ!」


 僕は元来た道を戻っていく。ハルさんは僕が曲がり角を曲がって見えなくなるまで、手を振ってくれた。本当にいい人だ。




「……よし」


 僕はショルダーバッグからメモ帳とペンを取り出した。この二つは常に持ち歩いている。ついでに今まで書いた詩も全部持ってきている。

 歩きながらでも、詩のアイデアを捻り出そう。いや、座った方が落ち着いてアイデアも降りてるくるかな。どこかゆっくりできるところはないか……。






「あれ? 伊織君?」


 ふと顔を上げると、前方からメガネをかけた茶髪の男の子が歩いてきた。


「こんなところで会うなんて奇遇だね」


 彼は見覚えがある。出席番号がハルさんの次だった子で、名前は確か……青葉満君だ。


「満君じゃん。何してるの?」

「お母さんにおつかいを頼まれてね」


 満君は手にもった買い物袋を見せてきた。中から牛乳やら長ネギが顔を出していた。親のお手伝いをしてるのか。偉いなぁ。


「伊織君は何してるの? 作詩?」

「え? なんで……」

「メモ帳とペン持ってるから……ていうか、伊織君が趣味で詩を書いてるってこと知ってるから」

「えぇぇ!?」


 ちょっと待って! 一体僕の趣味はどれだけ漏洩しているんだ!? 満君とは会話もしたことがない。一切関わりがなかった彼にまで知られているなんて……。もはや、クラスメイト全員に知られているのではないか。


 誰の仕業だ? ハルさんはもちろんあり得ないよな。麻衣子か? やはり花音会長か……?


「ふふっ。ねぇ、僕にも読ませてよ」

「あ、えっと……また今度にしてね」

「そう、楽しみにしてるよ」


 満君の笑顔、爽やかで素敵だなぁ。顔だけ見ればモテそうなのに、性格も優しすぎることで有名なのに、なぜか彼には恋人がいない。そういえば、この間裕介君が言っていた。満君は恋愛に一切興味がなく、彼女すら作ろうとはしないって。

 一応クラスメイトの女子と仲良くはしているけど、恋愛的な噂はなかなか聞かないな。クラスメイトの中には、早くも付き合い始めたカップルがいるらしいけど。


「それじゃあ、また学校でね」


 それにしても、満君にまで作詩の趣味を知られてしまうとは。まぁいいか。今さら僕の趣味が知れ渡ったところで、何も問題はない。みんなに受け入れてもらえるような詩を書けばいいんだ。ハルさんに褒められた僕は、そういった絶対的な自信に満ち溢れている。




 ……と言いたいところなんだけども、今は苦戦中だ。猫の手も、人の手も借りたいくらいに。


「あ! 待って!」


 横切ろうとした満君を、僕は慌てて呼び止める。なぜかは自分にもわからないけど、彼から新作の詩についてのインスピレーションが得られそうな気がした。彼は普通の人とは違った、何か特別な価値観を持っているように思えた。


「ちょっと相談したいことがあるんだ」

「うん、いいよ。どうしたの?」


 即答で相談に乗ってくれた。優しいという噂は、本当だった。


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