第2章「オーバーロード」
第14話「お邪魔します」
その後、僕はハルさんの家にお邪魔した。玄関を潜ると、そこはもう既に八畳ほどの居間が広がっていた。僕は中央に置かれたちゃぶ台の横に座らされた。
僕は部屋全体を見渡す。やっぱりログハウスだ。床も壁も全部木材でできている。天井の蛍光灯の光を反射して、キラキラ輝いている。奥には地下に続く階段が見える。ここ……地下室なんてあるの?
その他にも、お風呂やトイレに続いているであろう扉も見える。一生暮らすには窮屈さを感じるような間取りだと、一瞬失礼なことを思ってしまった。失敬な自分をぶん殴り、僕は床に鞄を下ろした。
「お昼ご飯作るから、ちょっと待ってて」
「お昼ご飯!?」
僕はスマフォで時刻を確認する。12時14分を示していた。もうそんな時間なのか。ハルさんは冷蔵庫に引っかけてあったエプロンを身に付ける。何だか新妻っぽい。そんな印象を抱いた。
いやいや、ときめいている場合じゃない。僕の分のお昼ご飯まで用意してもらうのは、流石に申し訳ない。
「いや、そこまでお手数をかけるわけには……」
「いいのいいの! 私、料理得意だし。それに友達に料理を振る舞うの、夢だったんだよね」
ハルさんは冷蔵庫を開け、サラダの入ったボウルや、ドレッシングを取り出す。間を開けずに鶏のむね肉を包丁で切り始める。動きに寸分の迷いがない。余程自信に満ち溢れているらしい。手慣れているんだなぁ。
「さっきみたいに、超能力は使わないの?」
「えっ……」
材料を切ったり焼いたりする作業を全て、超能力を使って手を触れずに行えば、楽に調理を進められると単純に考えた。怪我の心配も必要なさそうだ。突然尋ねられたハルさんは、包丁を動かす手を止めてこちらを振り向く。
僕、何かまずいこと聞いたかな?
「えっと、その……能力を使ったら、料理が楽しくなくなっちゃうでしょ」
「そっか……」
何やら焦りを感じている様子で答えるハルさん。元々その力を後ろめたく思ってたもんね。なるべく使いたくないのかな。だが、確かに彼女の言う通りだ。自分自身の手でやってこそ料理は楽しい。僕、全然料理できないけどね……。
鶏肉を切り終わったハルさんは、今度は冷蔵庫からタッパーに入ったご飯を取り出した。切っている間に、油を引いて熱していたフライパンに鶏肉を乗せる。
ジュワーと油の弾ける音が、しんとしたキッチンを賑やかにする。そのまま菜箸で丁寧に鶏肉を焼いていく。ジューシーな肉の香りが、こちらまで漂ってくる。
ハルさんが料理する姿は、実に様になっている。今すぐ家庭を持って料理を任されても申し分ないだろう。まだ料理を口にしていないけど、調理の過程だけでそう思えてしまう。
「……」
何か手伝えることはないか。そう聞こうと思ったけど、軽やかに動くハルさんの後ろ姿と、時たま聞こえてくる鼻歌で、僕の働きがけは止められる。彼女が心の底から料理を楽しんでいることが伺える。
余計な手出しはしない方がいいという考えが起き、僕は再度ちゃぶ台の前に腰を下ろす。ここは楽しみに待つとしよう。
「できたよ~」
「わぁ~」
ハルさんはちゃぶ台の上に料理を置いた。よだれを我慢するのに必死だったけど、ようやく完成だ。
「特製ランチプレートでございます」
「ハルさんありがとう!」
香ばしい匂いに包まれたソースがかけられ、オレンジ色に輝く照り焼きチキン、その隣にはキャベツとトマトのサラダ、下にはチャハーンらしき黄色いライスが顔を出している。
そしておまけのように添えられているオレンジが可愛い。ファミレスで出されても違和感がないくらいの、ボリューム満点な絶品メニューだ。
「すごいなぁ……」
「ふふっ♪」
ハルさんはプレートの横にコップを置き、麦茶を注いでくれた。何から何まで手際が良くて参っちゃうなぁ。
『いただきま~す』
ハルさんと揃って手を合わせた。箸でチキンを掴む。ソースがとろりと絡んでいて、食欲がそそられる。僕は溢さないようにそっと口へ運ぶ。
「うん! 美味しい!」
「よかったぁ~」
肉が弾力がありながら柔らかく、それが甘辛いソースと絶妙にマッチしている。これは美味しい。口に広がる濃厚な旨味が、僕の箸を更に加速させていく。
「ハルさん料理上手いね! こんなに美味しいなら、もう毎日食べたいよ」
「えっ……」
こんなに心の底から食事を楽しんだのは、果たしていつ以来だろうか。父さんと母さんが亡くなってから、なかったような気がする。口に食べ物を運ぶことが、今まで流れ作業のようになっていたから。食事の時まで生きている心地がしなかったなぁ。
「僕、料理下手だからハルさんが羨ましいよ。料理するハルさん、本物の奥さんみたいな感じだったし」
「い、伊織君……」
しかし、それもハルさんの手料理を一口食べただけで、瞬く間に変わってしまった。超能力を持っている彼女だ。作る料理にまで、不思議な力が働いて美味しくなっているのだろうか。そう思えてしまうほどの素晴らしい味だ。
「将来ハルさんの料理を毎日食べられる旦那さんは、きっと幸せ者だね」
「伊織君!」
「へ?」
ハルさんが大声で僕を呼び止めた。ハルさんの顔は、熱を帯びたストーブの金属部のように赤く染まっていた。しまった、料理のあまりの美味しさに褒めすぎた。少し喋りすぎたかな。
「それ以上はやめて……恥ずかしいから……///」
「あ、ごめん……」
そりゃあ、こんなに褒めちぎったら人は、照れくさくなるのが当たり前か。女の子から手料理を振る舞われたら、褒める以外の選択肢は無いと、どこかで学んだ気がした。
だから軽く実践してみたものの、流石に褒めすぎたようだ。それにしても、ヤバい。照れ顔のハルさん……可愛すぎる。もっと見ていたい。
いやいや、何考えてるんだ僕は!
「えっと、どんどん食べていいよ」
「あ、うん」
とりあえず僕は食事に意識を戻す。箸でキャベツを2,3枚掴む。ハルさんが料理を振る舞って、僕がそれを美味しそうに食べる。
端から見たら、僕達の姿は微笑ましい夫婦のようにも見えたりするのかな。僕が旦那さんで、ハルさんが……お、奥さんで……///
って、だから変なことを考えるな! ハルさんに失礼だろ!
「……///」
ハルさんの料理の上手さに狂わされながら、僕はなぜか込み上げてきた恥ずかしい思いを圧し殺し、料理を口に運ぶ。
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