第13話「元気出して」



「黙っておくつもりだったんだけどね、私も教えてあげる。私の秘密……」

「え?」


 僕は首をかしげた。自分の秘密を教えてくれるというハルさん。彼女も何か、他人には秘密にしていることがあるらしい。そんな裏表があるような不純な人間には、とても見えないんだけどなぁ……。


「見てて」


 ハルさんは右腕を前に真っ直ぐ伸ばし、目を閉じる。まるで目に見えない特殊な念を送っているような姿勢だ。一体何を見せようと言うのだろうか。






 ファサ……


「!?」


 僕は思わず目を見開いた。地面に散らばっているたくさんの落ち葉が、ひとりでに浮かび上がった。風に吹かれたわけでもないし、僕やハルさんが地面を蹴散らし、弾き飛ばしたわけでもない。先程のキャッシュカードと同様、空中に浮いているのだ。


「えぇ!?」


 緑、黄、黄緑などの様々な緑黄色の落ち葉が、僕とハルさんを囲むように宙を舞う。サササと音を立てながら周りをグルグルと回る姿は、まるで海中を漂うイワシの群れのようだ。

 いつの間にか、そこへ枯れ木や小さな石ころまで混ざり、やがて一本の小さな竜巻のようになった。小さな自然の形成物達が、美しいダンスを踊るように浮いている。


「これは……」

「ふふっ♪」


 ハルさんは人差し指で山道の端を指差した。すると、落ち葉や枯れ木をまとった竜巻は、指差した方へと吸い込まれていく。飼い主の投げた木の枝を取りに行く犬のようだった。


 シュルルルルル

 落ち葉や枯れ木は一片に集まり、山のように積まれて動かなくなった。それ以上浮かぶことはなかった。先程まで地面にバラバラに散らばっていた落ち葉や枯れ木、石ころが集められ、山道は掃除した後のように綺麗になった。


 え? 何なのこれ……一体何!?


「今の……ハルさんがやったの?」

「うん、そうだよ」


 僕の唐突の質問に、ハルさんはさも当たり前のようにすんなりと答える。いや、そうだよって……そんな自信満々に言われてもなぁ……。どういう原理で落ち葉が風に吹かれずに、手も触れずに宙を舞うって言うんだ。


「ど、どうやって……」

「超能力……って言えば分かるかな?」

「超能力!?」


 ハルさんの返答に、僕はまたもや驚愕した。超能力というのは、手を触れずに物体を宙に浮かせる念力とか、遠くを見通す千里眼とか、あのオカルトチックな力のことだろうか。アニメや漫画でも度々扱われている。


 なるほど。超能力を使えば、先程のことは容易く実現できる。納得納得……




 じゃなくて!!!


「ちょっ、超能力なんて、そんな非現実的なこと……」

「あぁ、やっぱりそういう反応かぁ」

「え?」


 全てを見透かしたようなハルさんの笑み。でも、いきなり「これは超能力だ」なんて言われて、すんなり信じる人間がこの世界に果たしているだろうか。いや、多分いるんだろうけど、僕は必ずどこか疑うようにしている。


「伊織君、さっきから全然気づかないから、堂々と目の前で使ったのに……」

「さっきから?」


 ……あっ! まさか!?


 先程の喫茶店でいつの間にかカップに入っていた角砂糖、自然とテーブルに置かれていたスプーン、突然浮かび上がったカード。数々の不思議な現象は、全てハルさんが起こしたことなのか。ハルさんが超能力を使って……。恐らく、僕の意識がメニュー表に集中していた時だ。


「まさか、本当に!?」

「そうよ。私は超能力が使えるの」

「えぇ……」

「まだ信じてくれないの?」

「え? あ、いや……」


 ハルさんの眉が垂れ下がる。確かに超能力なんて非現実的だけど、ハルさんが嘘を言っているようには見えない。それに、あんな幻想的な現象を、手品なんかで再現できるとも思えない。これは正真正銘ハルさんの力だ。いい加減信じなければ、これ以上話が続かない。


「……信じるよ」

「ふふっ、ありがとう」


 ハルさんが微笑みかける。この笑顔からも彼女の言動嘘偽りがないことが、不思議なくらいに伝わってくる。まさか超能力を使える人間が、この世に本当にいるなんて……。


「ても、なんでそのことを僕に……」


 僕は疑問に思った。まず、どうして超能力が使えるのかということより、どうしてそのことを他の誰でもない僕なんかに明かしたのか。彼女の魂胆が気になった。


「伊織君ともっと仲良くなりたいから……」

「え?」

「君は私に秘密を教えてくれた。詩を見せてくれた伊織君が、私には本当に素敵に見えたの。だから、私も教えようって思ったの。もっと伊織君のことを知るために。お互いの秘密を明かし合えるくらい仲良くなるために」


 これが彼女の秘密ということは、超能力を使えることを今まで人に話したことがないということか。確かに、話しても素直信じてもらえるようなことではないし、超能力という響きだけで、何だか恐ろしく感じる人もいるだろう。そんな大事な秘密を、僕なんかに教えてくれたというのか。


「ハルさん……」

「それに、元気出してほしかったから……」

「え?」


 元気を出してほしい? 僕に?


「ずっと暗い話ばっかりしてたから、少しでも元気付けられたらなぁって思って……」


 やはり、そのことを気にしていたのか。僕があまりにも暗いオーラを振り撒くものだから、彼女に気を遣わせてしまったようだ。本当に情けないなぁ……僕は。


 いや、そういうふうに自分を責めるようなことをやめるべきなんだ。彼女は自分でも後ろめたく思っているであろう秘密を、勇気を出して教えてくれたんだ。ハルさんが僕のためを思ってしてくれたことだ。


「ありがとう、ハルさん」

「うん、伊織君」


 考えても分かることがなかったハルさんの秘密。超能力が使える人間がこの世界に実在するという事実。この世界には、まだまだ僕の知らないことがたくさん散らばっている。それを実感せざるを得ない。


 ハルさんはゆっくり僕に向け、右手を差し出した。彼女のおかげで、僕はこの世界と仲直りができたような気がした。


「この世も、まだまだ捨てたもんじゃないでしょ?」

「あぁ、そうだね」


 僕はハルさんの手を握る。もうこの世を否定するのはやめよう。世界はこんなにも不可思議な事柄で満ちている。それらを知ろうともしないで、愚痴をこぼしてばかりいるなんてくだらない。

 探しに行こう、僕の知らない世界を。ハルさんと一緒なら、どんな未知が待っているか楽しみに思えるんだ。


「これからもよろしくね! ハルさん!」

「うん! よろしく!」


 彼女の言う通りだ。世の中まだまだ捨てたもんじゃない。


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