第12話「世間が悪い」



「どうなってるんだ……」

「どうしたの?」

「いや、何でもない」


 さっきの角砂糖といい、スプーンといい、カードといい、よくわからない不思議な現象が続いている。

 でも、こんなことハルさんに話しても、何になるっていうんだ。いつまでもちっぽけなことを気にしててどうする。気分を切り替えよう。これから彼女の家に行くんだから。


「そうだ、前に他の詩も読んでみたいって言ってたよね? 一応持ってきたんだ」


 僕はショルダーバッグをぽんぽんと叩く。ハルさんが喜ぶ(かどうかは分からないけど、喜ぶんでくれたら嬉しいなぁ)と思って、今まで書いた詩を全部持ってきたのだ。数えるくらいしかないけど。


「ほんと? やった!」

「家に着いたら見せてあげる」

「いや、家まで歩きながら見る!」

「えぇ……」


 ハルさんは僕に向けて手を差し出す。そこまでして見たいのか。それ程の価値が僕の詩にあると、捉えてしまっていいのかな。でも、そうやって価値を認めてくれることが、僕にとって何よりの救いだ。


「いいよ」

「わーい♪」


 僕の詩が絡んでくると、ハルさんはよく笑う。どれを見せようか。なるべく普通じゃないやつがいいかな。


 ……普通じゃないやつって何だ?(笑)




   * * * * * * *




 世間が悪い / 星名意織



愚痴息巻き繰り返して今何年

尖った感情の話だけで永遠

墓石の遺骨掘り返すように選んで

重箱の隅を突くように僕は生きてんだ

悪いか?


どんな過去を消したって

過去は過去に変わりゃしない

責任は自分で取らなきゃならない


嫌なら誰かに擦り付ければいいだろと

僕は僕から降りることにしたんだ


見つめ続けられる程にもどかしく

あーだこーだと言い訳繰り返したけど

ダメなん?


ダメじゃないだろ


忌み嫌われる程に愛を込めて

その愛も握り潰され置いてかれて

老いて枯れた


ダメじゃないはず


そんなこと言うのは誰だ

世間だ 社会だ この世の中だ

世間が悪い



遅れてきた物語の主役に

群衆が視線釘付けになる

ドラマの悪役みたいな僕の人生

神様の手違いで僕は生まれてきたんだ

悪いか?


どんな未来望んだって

見えないものに価値はないと

何もかも嫌になって捨てたんだ


失敗作が嫌なら素直になれと

言われたけどもう素直になってるよ



どんな道を選んでも

行き着くところはみんな同じ

天国か地獄かどこでもない場所


押し潰される痛みは嫌いじゃないけど

痛みを忘れられない自分は嫌い


ついでに世間も嫌い


見つめ続けられる程にもどかしく

あーだこーだと言い訳繰り返したけど

ダメなん?


ダメって言うなよ


忌み嫌われる程に愛を込めて

その愛も握り潰され置いてかれて

老いて枯れた


置いてかれるな 老いて枯れるな


そんなこと言うのは誰だ

僕だ 自分だ この世の中に向けてだ

世間が悪い


どうせ僕はと今日もひねくれる

愛だ 人生だ この世の中だ

全てが悪い




   * * * * * * *




「……」


 ハルさんは真剣な目で紙を見つめる。プチクラ山の山道に入っても、僕の詩への意識は途切れることがない。


「どうかな?」

「ぷっ……なにこれ、面白い!」

「えっと……」

「あ、馬鹿にしてるわけじゃないの。本当に面白いよこれ」


 よかった。ハルさんが急に吹き出したから、滑稽に思われたらどうしようと心配してしまった。まぁ、ハルさんだからそんなことは思わないよね。彼女は再び僕の詩を褒めてくれた。


「それにしても『世間が悪い』なんて、すごいタイトルね」

「それを書いたのは中三の頃かなぁ」




 それは、中学校三年生の頃の京都への校外研修の日のことだ。学校からバスに乗って行くため、集合場所は学校となっていた。しかし、僕はクラスの中でただ一人遅刻してしまった。


 寝坊したわけではない。その日は奈月さんに車で学校に送ってもらったのだが、行く途中で渋滞に遭ったのだ。事前に多くの生徒が車で登校してくることを考慮し、時間に余裕を持って家を出た。

 しかし、予想以上に渋滞が長引き、学校に到着するのが遅れてしまった。案の定担任の先生からはひどく叱られた。だが、僕はとっさに言ってしまった。


「僕は悪くない。世間が悪い」


 当時は自分に向けられる怒りが、どうしても理不尽に思えた。渋滞のことを全く考えずに家を出たわけでもないのに、僕より後に出発した人だっていただろうに、なぜ僕だけが遅刻する羽目になったのか。

 原因が自分ではなく、そうなるようにできている世間の構造が、社会の造りが悪いように思えたのだ。




 今思い返せば、本当に無茶苦茶な考え方だ。しかし、なぜか当時はついカッとなって言ってしまった。その経験を通して、僕は書こうと思った。

 世間に対する自分の気持ちを、吐き場の見つからなかった愚痴を、どこかストレートでどこか遠回しな、僕らしい言葉で綴った。


それで生まれたのが、この『世間が悪い』だ。実にくだらない産物である。


「今回は文面がなんかひねくれた感じだけど、そこが何かいいね」

「そっか、気に入ってもらえてよかったよ」


 しかし、ハルさんには大ウケらしい。正直この詩に関しては、ふざけて書いたようなものだ。だけど、それでもこういうふうに誰かにちょっとした笑いを提供できたのだとしたら、この詩を書いた甲斐があったというものだ。


 ちなみに、昔書いたものだからと言って、世の中に対する不満が今は無いのかと思われると、少々し違う。世の中の構造と言うか、システムと言うか、上手く言葉にできないけど、世間に対する不満は今もまだ僕の中で生き続けている。


 この世界に数多く存在する人の中で、なぜ僕が両親を失うことになったのかとか、考えるだけ無駄だが考えずにはいられないことが、今も僕の心をむしばんでいる。




 気がつくと、僕はそのことをハルさんにも話していた。話題がいつの間にか僕の詩のことから、僕が世の中に対し絶望を感じていることへと飛躍していた。

 どういうわけか、ずっと心の中に抱えていた両親を失った悲しみを、彼女にも深掘りして話せるようになっていた。今まで他の友人には、表面上の事実しか言えなかったのに。


 彼女は僕の話すことを、真摯に聞いてくれている。


「父さんと母さんがいなくなってからの毎日が、本当につまらなかった。たくさんの夢を生み出してくれた人が、急にいなくなったんだからね。すごく辛かった……」

「うん……」


 それでも、詩は書き続けた。僕に残されたのはそれだけだから。だけど、夢を失った僕は自分で満足できるような詩が書けなかった。

 今思えば、『世間が悪い』は世の中に対する絶望を書くのに、ちょうどいい機会だった。思わぬ形で詩のアイデアが提供された。出来栄えは自分では満足できるものではなかったけど。


「これを世の中のせいにするのは間違ってる。そんなの分かってるんだ。それでも誰かのせいにしないと気が済まなかった。そんなことしても仕方ないっていうのに。本当にダメだよね、僕って……」

「伊織君……」


 行き過ぎた考えばかり頭に浮かび、ハルさんにまで愚痴を吐き出す僕。吐き出せば吐き出す程、自分という存在がどんどん醜くなっていく。先程までの彼女との和やかな雰囲気が、どす黒い色に染まっていく。気まずい空気が僕らを包み込む。


「……」

「ごめんね、こんな話ばっかりで……」


 もうやめよう。そろそろハルさんの家に着く。気持ちを切り替えなくちゃ。いつまでもこんな暗い話をしていたら、彼女に迷惑だ。


「伊織君」

「ん?」


 ハルさんが急に立ち止まった。ザクザクと踏まれていた落ち葉の潰れる音が、ふと鳴り止んだ。


「詩を書いてることは、みんなに秘密にしてるの?」

「あぁ、うん。何人かは知ってるんだけどね」


 麻衣子を含むクラスメイトの何人かは、既に知っている。この間は陽真君と凛奈ちゃんにまで知られた。花音会長の手によるものだ。当然、ハルさん以外の人には詩を称賛されたことはない。


「やっぱり……」

「ハルさんは褒めてくれたけど、やっぱり後ろめたい趣味に思えてさ……」


 自信を持てる詩を書けるようになるまでは、なるべく人には見せないようにしようと決めている。だから、ハルさんに褒められてからは、少しだけ自信がついた。彼女には本当に感謝している。


「でも、ハルさんが褒めてくれたのは、すごく嬉しかったよ。本当にありがとね!」

「ううん、私からもお礼を言うね。あんな素敵なものを見せてくれてありがとう! 秘密の趣味だったのに、教えてくれてありがとう!」


 ハルさんの満面の笑みを前に、僕の心はロウソクを灯したように暖かくなる。教えたというか、偶然知っちゃっただけなんだけどね(笑)。それでも、彼女にこの秘密を知ってもらえてよかった。彼女は僕の詩を決して貶したりなんかしないから。






「……ねぇ、伊織君」

「何?」


 ハルさんが、ふと呟いた。




「黙っておくつもりだったんだけどね、私も教えてあげる。私の秘密……」


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