第8話「騒がしい昼休み」
伊織は山道を下りながら、ハルのことを思い浮かべた。あっけなく終わった彼女との会話。しかし、接しにくい相手ではなかった。確かにおどおどしている様子が見られたが、こちらがもっと積極的に行けば、思ったことを言ってくれそうだ。
「……」
伊織は彼女との今後に期待した。上手くいけば、友達くらいにはなれるだろう。もしハルが次に学校に来た時は、きっと向こうからは話しかけづらいだろうから、こちらから声をかけてあげよう。そう思った。
土日をまたいで、今日は月曜日。伊織は朝から困っていた。先週まで持っていた『愛のうた』のメモが見当たらない。金曜日の夜に新作の詩を書く際の参考にしようとファイルの中を漁り、メモの不在に気がついた。おかげで土日は全く執筆が進まなかった。
どこかで落としたのだろうか。あんな恥ずかしいものを、どこの誰とも知れない人に拾われて読まれでもしたら……。
「はぁ……」
「ん、おはよ」
自分の席でスマフォ画面を見つめながら、伊織に挨拶する麻衣子。彼女がスマフォで見ているのは、前にテレビで見たプチクラ山の上で目撃された飛行物体に関するニュース記事だ。
最近プチクラ山には、何かとオカルトチックな現象が集中している。謎の爆発音や立ち入れなくなる結界、行方不明者の続出。そして、今回は未確認飛行物体の目撃情報。この山は何かに呪われているのではないか。
「おはよう……」
「なんか元気ないわね」
伊織の生乾きの挨拶に、麻衣子が疑問を抱く。
「実は……詩を書いたメモをどこかに落としたんだ」
「ふーん」
しかし、伊織とは決して顔を合わせず、麻衣子は上面だけの会話をする。彼の作詩の趣味に関しては、全く興味を示さない。
「『愛のうた』なんだけど……」
「あぁ、前に見せた愛がどうのこうの言ってるやつね」
相変わらず他人事のように扱う麻衣子。本当に他人事なので当然だが。ちなみに麻衣子も伊織の「愛のうた」は読んだことがある。当然称賛はしていない。あの詩に対する彼女の評価は「なんか夢見てばっかで、現実から目を反らしてる感じ」である。
「どこに落としたんだろう……」
「まっ、探すの頑張ってね~」
麻衣子はスマホをスカートのポケットにしまい、机の上にふて寝する。
「えぇ、手伝ってよぉ……」
机に伏せる麻衣子に呟く伊織。本当に寝ているのか、それとも寝たフリをしているのか。どちらにせよ、彼女は伊織を手伝う気はなかった。
ガラッ
「?」
教室のドアが開かれた。入ってきたのは、なんとハルだった。伊織はすぐさま反応する。他のクラスメイトも休みがちになっていた彼女が急に登校してきたことに、驚きを隠せないようだ。
「ハルさん!」
誰よりも真っ先にハルの元へと駆け寄った伊織。こちらから話しかけるという決意を、忘れてはいなかった。
「あ、えっと……保科君……だっけ?」
「『伊織』でいいよ。おはようハルさん! やっと来てくれたね」
「おはよう。この間はプリントありがとね」
にっこり笑うハル。本物の笑顔が再び見ることができた。少し特別な幸せを実感した伊織。まさか思いもしなかった。ハルと「おはよう」の挨拶を交わす時が来るとは。
「いやぁ、お安いご用だよ」
「授業……頑張ろうね」
「うん!」
ハルは笑顔のまま自分の席へと戻っていった。伊織も彼女との会話に十分満足し、席へ戻ろうと後ろを振り向く。振り向くと、目の前に先程まで寝ていたはずの麻衣子が、目の前に迫っていた。顔と顔の間が8cm程度しか空いていない。近過ぎる。
「な、何?」
「伊織、いつの間にあの子と仲良くなったの?」
「え? えっと……プリント届けに行った時かな?」
「あの子と話したの?」
「う、うん。『学校で不安なことがあったら、いつでも僕に相談してね~』って感じに」
「ふ~ん、へぇ~、ほぉ~、はは~ん」
麻衣子はにやつきながら、自分の席へと戻っていく。笑顔が実に不敵だ。何かやらしい悪慈恵を思い付いたかのようだった。
「何? 何なの? 気持ち悪いよ」
「別にぃ~」
麻衣子は再び自分の席に座ってふて寝した。ハルも自分の席に座り、学校鞄から筆箱やノートを取り出し、机の中に入れていた。
「あっ……」
ハルは金曜日に伊織から受け取ったプリントを入れたファイルを手に取った。その瞬間、何かを思い出したかのように静止した。
彼女は伊織の方を振り向く。伊織は自分の席に座り、メモ帳とにらめっこしていた。どうやら新しい詩のアイデアを考えているらしい。教えた方がいいのだろうか……あのことを。
「……」
ようやくハルの席が空席でなくなったことに安心し、石井先生は廊下から彼女の様子を微笑ましく眺めていた。やはり、伊織にプリントを届けるのを頼んで正解だった。石井先生はそう確信した。
ガラッ
「さぁみんな、自分の席に戻りたまえ~。朝のホームルーム始めるよ~」
石井先生が教室に入り、生徒に授業の準備をするよう促す。久しぶりに全員出席した状態での授業の始まりだ。
キーンコーンカーンコーン
四限目の終わりを告げるチャイムだ。生徒達は先生の終了の挨拶を無視し、教科書やノートを片付ける。先生は諦めて教室を出ていく。
「しゃあ~! 飯だ飯!」
「出男~、一緒に食おうぜ~!」
「OK! おっ、広樹も一緒か?」
「俺は食堂に行く」
「こら! 逃げるな!」
逃げようとする
「嫌ね~、男子って」
「大人しくできないのかしら?」
「ギャーギャー騒いで子供みたい」
その様を哀れむように眺めながら、おしとやかに昼食を楽しむ女子達。まるで貴婦人気取りだ。
「ねぇ? 蛍ちゃん」
「へ? う、うん……そうだね……」
女子グループの一人、河村蛍は静かに頷く。彼女だけはグループの中で、男子を馬鹿にすることに後ろ向きなようだ。しかし、場の空気を壊さぬよう、上部だけの肯定はしておく。
「なっ……お、お前ら! 何はしゃいでんだよ! 食事の時くらい大人しくしろよ!」
蛍の引き気味な様子に気がつき、急に態度を変える出男。彼女が男子の騒ぎに迷惑していると察知し、自分達のグループにわざとらしく注意する。
「はぁ? 急にどうした出男……」
「いいから静かに食え!!!」
「お前が一番うるせぇよ!!!」
結局男子達の叫び声は収まらないままだった。周りにいる生徒はあまりのやかましさに、まともに食事もできない伊織。
「場所を変えよう……」
もう少し静かな場所で昼食をとろうと、伊織は席を立った。
「伊織君……」
「え? ハ、ハルさん!?」
いつの間にか伊織の席のそばに、ハルが立っていた。伊織は驚いて2,3歩後退してしまった。
「今、時間いいかな?」
「うん、いいよ! 何?」
伊織はさっきまでかじっていたバターロールを鞄の中に隠す。昼食を邪魔してしまったかもしれないという罪悪感を、彼女に感じさせないためだ。
「ねぇ見て。青樹さん、保科君と何か話してるよ」
「ほんとだ。彼に気があるのかな?」
「え~? 何それウケる~」
勘のいい女子達が、伊織達を見てにやけ顔で呟き始めた。蛍のグループとはまた別の、クラスのトップに君臨する陽キャのヒエラルキーに属する女子達だ。彼女達はハルが休んでいた間も黒い噂をささやいていたことを、伊織は思い出す。
「ハルさん! 場所を変えよう!」
「う、うん……」
“そういうふう”に見られるのは、彼女にも申し訳ない。伊織はハルの手を引いて、教室を出ていった。
「……」
その様子を、麻衣子が寝たフリをしながら眺めていた。
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