第7話「秘密を知る」



「はぁ……はぁ……」


 僕は走ってプチクラ山の入り口まで来た。自分の黒歴史を密かにあの二人にバラした花音会長を軽く恨んだ。心の中で「花音会長のメガネ割れろ」と13回唱えた。不吉な数字だ。


「……行くか」


 僕は入り口を通り抜け、階段を上っていった。




 ザッザッザッ

 僕はスマフォ上に表示されているルート通りに、足を進めていく。登れば登る度に木々が増えていって、道端に落ちている落ち葉の数が多くなる。

 本当にこの先にハルさんの家があるのだろうか。先程から一向に人が住んでいるような気配は感じられない。もし本当だとしたら、ハルさんはこんな山道を下って学校に来ていたのか。僕ですら疲れるのに。


「……」


 疲れを紛らわすために、考え事をしながら歩いた。今考えてみれば、先程の「メガネ割れろ」は流石に思い過ぎかもしれない。今さらながら罪悪感が募ってきた。

 じゃあ、どれぐらいがいいだろうか。「スカートめくれろ」とか「痴漢に遭え」とか。いや、その方が酷すぎるか。あれでも一応女の子だもんな。とにかく、くだらないことを考えながら、僕は山道を進んだ。






 10分後、目的地が近づいてきた。近づくにつれて、道端に落ちている落ち葉が少なくなってきた。誰かが頻繁に通っている証だろうか。歩きやすくなったが、そろそろ足が軽く悲鳴を上げそうだ。


「あっ……着いた」


 たどり着いたのは、開けた場所にぽつんと建った一軒家だった。確実にここだ。意外と分かりやすくて助かった。それにしても木造建築とは……ログハウスというものだろうか。


「ふむ……」


 しかし、こんな山奥に住んでいて、不便はないのだろうか。電気や水道はちゃんと引いているのだろうか。色々思うことがあるが、僕は恐る恐る玄関へと向かう。さっさと用事を済ませてしまおう。


 コンコン

 インターフォンが見当たらないため、ドアをノックした。僕は待つ間に、学校鞄からプリントの入ったファイルを取り出した。ドアは開かない。しんとした空気だけが、僕を歓迎している。


 キー

 ドアが開けられたのは、ノックをしてから34秒後だった。


「な、何?」


 中からハルさんが顔を出した。不審者を見るような目で警戒しながら、じーっとこちらを見つめてきた。日差しを浴びるのを恐れるドラキュラのようにも見える。僅かに開いたドアの隙間を覗き込み、右手でお腹を庇っている様子が見えた。


「君、確か同じクラスの……」

「うん、保科伊織。よろしくね」


 ハルさんは地味に僕の顔を覚えてくれていた。だが、喜ぶのは後だ。渡すものを渡してしまおう。


「なんで家の場所知って……」

「石井先生に教えてもらったんだ」


 本当は花音会長に教えてもらったことは伏せておく。生徒の個人情報を掌握しているあの不気味な生徒会長のことを紹介すると、ハルさんが怖がってまた学校に来なくなってしまいそうだ。実際僕だって同級生に作詩の秘密を知られ、これから通うのを怖く感じている。


「何の用?」

「あ、これ……休んでた間に配られたプリント」


 僕はファイルからプリントの束を取り出し、ハルさんに差し出す。


「これ、わざわざ届けに来てくれたの?」

「え? うん、そうだよ」


 あくまで石井先生に頼まれたから来たのだ。石井先生が頼まなければ、自分から行くことはなかった。そう自分に言い聞かせた。べ、別にハルさんに優しい男アピールがしたいとか、そんなんじゃないからね! ツンデレじゃないよ!


「山道歩くの大変だったでしょ?」

「いやぁ、そんなことないよ! あんなのチョロいチョロい! あはは……(笑)」


 何だかハルさんが罪悪感を感じてそうな顔を向けてきたため、僕は気にさせないように明るく振る舞った。問題無さげに取り繕うのは得意だ。


「ありがとう……」

「どういたしまして」


 ハルさんの頬が赤く染まっているように見えたけど、僕はそれを目の錯覚ということにした。うん、きっと目の錯覚だ。そうに違いない……と思う。


「最近学校休みがちになってたけど、何かあったの?」

「あ、えっと……色々忙しくて……」


 ふと、気になっていた疑問を投げ掛けてみた。しかし、ハルさんの口調から何か明かせない事情があることを瞬時に察し、僕はそれ以上追求することはしなかった。今ハルさんと分かり合えるのは、どうやらここまでらしい。まぁ話ができただけでも良しとしよう。


「そっか。早く来れるといいね。みんな、学校でハルさんのこと待ってるからさ」

「え?」


 ハルさんは驚きの声を上げる。それは「私を待ってるなんて、そんなことあるわけないでしょ」という意味の不信感の現れなのか、それともただ僕が下の名前で呼んできたことに対する驚きなのか。

 そのハルさんの声に「嬉しさ」があるのかどうかは、今の僕にはわからなかった。


「学校で不安なことがあったら、いつでも相談してね。僕でよければ力になるから」

「ありがとう、嬉しい……」


 ハルさんが笑顔になった。最初に見た時の作り笑顔とは違う。心から僕に感謝していることが伝わる本物の笑顔だ。嬉しさは確かにあることがわかった。

 その笑顔を写真に撮って残しておきたいとも考えてしまった。そんなやましい考えを、僕はすぐに心のゴミ箱に捨てた。何を考えてるんだ。気持ち悪いぞ、自分。


 あんまり時間を取るのも申し訳ない。早いとも思うが、そろそろおいとましよう。


「それじゃあ、また学校でね」

「うん、本当にありがとう……」


 パタンッ

 ドアが閉められた。さっきまで冷たいと思っていた春風が温かく感じた。






「ハル! ダメじゃない、大人しくしてないと……」


 天音さんが地下から出てきた。実は私は先程まで体調が悪く、布団にくるまって寝ていた。だけど、人が訪ねてきたからには出ないわけにはいかない。


「誰だったの?」

「学校のクラスメイト。プリント届けに来てくれたみたい」


 私は彼から受け取ったプリントを、一枚一枚めくりながら確認する。ほとんどが学級通信や健康診断のお知らせなどだった。


 健康診断……


「そう。次学校行った時に、お礼言わないとね」

「うん……」


 天音さんは階段を下り、地下へと戻っていった。私は居間のちゃぶ台の前に腰を下ろし、残りのプリントをチェックした。


「……ん?」


 プリントの束の中に一枚、B5サイズのメモ用紙が雑に挟まっていた。他の紙とは大きさが違うみたいだから気になった。私はそれを、破れないように慎重に引っ張り出す。既に少しくしゃくしゃになってるけど。


 そのメモには、細やかな文章が鉛筆か何かで記されていた。そして、私の視線は一番上に堂々と書き込まれた大きな文字に釘付けになった。


 それは……




「愛の……うた?」


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