第6話「露呈」



「友達ねぇ……」


 昇降口までやって来た伊織。本当は今日は新しい詩を書くつもりでいた。しかし、頼みを断れない悪い癖が出てしまい、つい面倒事を引き受けてしまった。


「いーおーりー!」


 階段から麻衣子が駆け下りてきた。出男との話は付いたのだろうか。


「おかえり。体育委員の件はどうだった?」

「とりあえず来週の役員決めの時に、正式に決着をつけることにしたわ」

「うん、それがいい」


 今ここで決める必要などないのだ。というか、出男と麻衣子のどちらが体育委員になろうが、正直伊織はどうでもよかった。


「さぁ、帰りましょ」

「悪いけど、今日は一人で帰って」

「えぇ!?」


 下駄箱からスニーカーを取り出す麻衣子の腕が、ピクンと揺れた。


「僕、ハルさんの家にプリント届けないと。石井先生に頼まれたんだ」


 伊織は靴を履きながら告げる。


「ふーん……アンタってよく雑用押し付けられるわよね。まぁいいけどさぁ」


 麻衣子はスニーカーを地面に落とす。




「あの子の家の場所、分かるの?」

「……あっ」


 伊織の動きが停止した。


「先生に聞くの忘れたぁ~!!!」


 ハルの自宅の場所を聞くのを完全に忘れていた。家の場所が分からなければ、届けようがない。当たり前の話である。


「いや、先生も教えなかったのが悪いと思うけど……あ、でもこういうのって個人情報だよね? 聞いても大丈夫なのかな? もしかして、それで先生もさっき教えてくれなかったのかな? でもそれだと頼む理由も……あぁどうしたらいいんだぁ~!!!」


 らしくなく昇降口で騒ぎ立てる伊織。靴を履き替える生徒の注目を集める。


 ツンツン

 麻衣子が伊織の背中をつつく。伊織が彼女の方を振り向くと、麻衣子は今度は廊下の方を指差す。


「権力~♪ 権威~♪ んっふふ~♪」


 生徒会長の花音が、廊下を鼻歌を歌いながら歩いているのが見えた。手にはいつも大事に持ち歩いている手帳が握り締められている。

 彼女はパラパラとページをめくりながら、生徒会室の方へと歩いていった。生徒会の方も会議があるのだろうか。新学期が始まったばかりというのに大忙しだ。


「……あぁ」


 なんて都合のいい人間が近くにいることだろう。伊織は彼女の元へと駆け出した。






 驚いた。花音は転校生であるハルの情報まで手帳に記していた。しかも、彼女の家の住所まで。いつの間に、そしてどうやってこんな個人情報を入手したのだろうか。花音のことが少し不気味に思えた伊織だった。


「えーっと……あっ」


 帰り道、伊織は公園を発見した。すぐさま入り口を通り抜け、誰も座っていないベンチに腰を下ろした。


「よし」


 伊織は学校鞄からスマフォを取り出し、Google Mapで花音から聞き出したハルの家の住所を入力し、検索した。その場所はすぐに画面上に映し出された。


「えっ? プチクラ山!?」


 驚くことに、そこは完全にプチクラ山の中だった。ハイキングコースから少し離れた辺境とも言えそうな場所だ。マップ上には建物らしき物体はない。こんなところに人が住んでいるのだろうか。伊織は疑わしく思う。


「とりあえず行ってみるか」


 表示された場所にピンを差し、マップ上に目印を付けた。


「その前に……」


 伊織は学校鞄からメモ帳を取り出した。今日やりたかった作詩を、少し進めようと思った。夕焼けの温もりを乗せた春の風に揺られながら、伊織は筆を動かした。




「……」


 早くも伊織の腕は止まる。まだ「新作」と「星名意織」の二単語しか書けていない。ちなみに「星名意織」とは、伊織が作詩をする時のペンネームのようなものだ。

 伊織の父親である季俊いとしは、最初生まれたばかりの伊織に「意織」という名前をつけようとしていたと聞いた。だが「意識」という字と紛らわしくなったり、「意」という字はあまり人に使わないという理由から却下となった。


 しかし、せっかく考えてくれたのだからと、伊織はそれを作詩する時のペンネームとして採用した。結局両親はそれをを知ることなく亡くなったのだが、この名前も両親が遺してくれた大切な贈り物だ。大事にしなくてはならない。


「うーん……」


 ダメだ。やっぱり文字が浮かび上がらない。伊織はファイルから『愛のうた』が書かれているメモ用紙を取り出した。初めて書いた詩を参考にしながら考えることにした。


“愛……愛……愛……自分にとって、愛とは何だ?”






「わぁ~、懐かしい~」


 突然女の子の愉快な声が耳に入ってきた。伊織は声の聞こえる方へと意識を向ける。


「確かここだったよね」

「あぁ、あれから変わってねぇなぁ……」


 公園に入ってきたのは男女のカップルだ。なんと、クラスメイトの陽真と凛奈だった。今日は放課後の部活が休みだったのか、二人は一緒に下校していた。二人はジャングルジムを眺めながら話をする。


「初めて一緒に遊んだ時はすごく楽しかったなぁ~」

「あぁ。そういえば、ここは初めてお前の笑顔が見れた場所でもあったな」

「ふふっ♪ よかった、ちゃんと全部思い出せてるみたいだね」


 どうやら、ここは二人にとって思い出の場所らしい。こんなところで関係のない自分が敷地内にいたら、思い出に浸るのに邪魔になるだろうか。伊織は出ていくべきか迷った。


「それにしても、本当に不思議な冒険だったね」

「あぁ、俺達の驚くようなことがたくさんあったな」


 伊織は二人の会話に耳を当てる。冒険……二人でどこかに行ったのだろうか。しかし、旅行などではなく、冒険とは一体……。


「あんなに不思議な世界があるなんて思わなかったよ。すごく大変なこともたくさんあったよね」

「でも、あの世界での出来事があったからこそ、俺達は更にお互いを理解し合えたんだ」


 知らないことがたくさんある不思議な世界。果たしてどのような冒険をしたのだろうか。是非とも詳しい話を聞きたいところだが、二人が何やら和やかな雰囲気だったために間に入りずらかった。

 やっぱり邪魔をしては悪い。伊織はメモ帳を学校鞄に入れ、『愛のうた』を書いたメモもしまおうとする。


「ん? 伊織?」

「え?」


 陽真が伊織の存在に気づき、近づいてきた。凛奈も付いてくる。


「なんだ、お前もいたのか。声くらいかければいいのに」

「なんか、二人共いい感じの雰囲気だったから話しかけづらくて……」

「ここは凛奈との思い出の場所だからな」


 陽真は凛奈の頭を撫でながら呟く。凛奈はおどおどしながら、頬を赤く染める。いつでもどこでも、一緒にいると周りの目を気にせずイチャつくカップルだ。


「そうだ、伊織君はここで何してるの?」


 陽真が手を離したことで落ち着きを取り戻し、凛奈は伊織に聞く。


「え? あ、いや……その……」


 伊織は「愛のうた」のメモを、急いでファイルにしまう。そのファイルも学校鞄に突っ込む。


“もし詩なんかを書いていたなんて知られたら……”


 この二人なら見せても笑ったり、馬鹿にしたりすることはない。それなのに、どこからか恥ずかしさが込み上げてくる。伊織は目を泳がせた。


「もしかして詩を書いてるの?」


 凛奈が笑顔で伊織の顔を覗き込む。またもや彼女の無邪気な笑顔に軽くきゅんとくる。伊織は心の中で陽真に謝罪した。


「あ、うん。そうなんだ~」


 伊織も笑顔で返す。




「……え?」


 伊織はあることに気がつく。


「ちょっと待って! なんで僕が詩を書いてるってこと知ってるの!?」


 伊織の大声が公園に生えている植木を揺らす。彼は自分の作詩の趣味は極力他人には秘密にしている。例外として、麻衣子を含む仲のいいクラスメイト少数にしか伝えていない。伊織にとって作詩の趣味は黒歴史のようなステータスだ。友人に詩を見せ、笑われた過去も持っている。


 それなのに、今まで会話もしたことがない二人がなぜ知っているのか。


「生徒会長から教えてもらったんだ。伊織は作詩が趣味ってな」

「花音ちゃんに手帳見せてもらって、偶然知ったんだ。あれ、本当に生徒の情報何でも書いてあるんだね」


 伊織の顔が真っ赤に染まる。


“花音会長ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!”


 伊織は花音から受け取ったハルの家の住所が書かれてた紙を握り潰した。穴があったら入りたい。いっそのことその上から土を被せて塞いでほしい。伊織はたまらなく恥ずかしくなる。


「もしかして、知っちゃダメだった?」

「なぁ、よかったら俺達に読ませて……」


 陽真が伊織のファイルに手を伸ばそうとした。


「ごめん! 今日忙しいからまた今度ね!!!」


 伊織は一瞬にして学校鞄を背負い、ベンチから立ち上がって二人の間を走り抜けて公園を出た。まるで逃げていくように。いや、逃げている。


「なんか、悪いことしちゃったかな?」

「あぁ……」


 取り残された二人はその後、久しぶりにジャングルジムで遊んで思い出の上書きをしたという。


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