第11話銅駝宇随の天地無用その5
「殺人術としての「無地流」をこれ以上突き詰めるのは止めにしてはどうか」
「我が里は忍としての役目を終え、世間一般の里として活動した方が良いのではないか」
そう銅駝が里の年寄り達に提案した時のあの年寄り達がそのしわくちゃになった顔に浮かべた銅駝への軽蔑の表情を、銅駝は今も覚えている。
「里始まってからの逸材」と呼ばれた銅駝にハッキリとそう言われたのだから、それも簡単に予想出来る事だった。
怠け者、忍としての技量が未熟な者が銅駝と同じ事を提案したとしても、それは単なる妄言として聞く耳すら持たれなかっただろう。
しかし、今、それを提案したのは、里の中で最も修練を積み、最も実力のある忍であった。
聞かざるをえない。その意見を。
里の皆が持っていた唯一無二の財産を、捨てろと言われたのも同義だ。
それも、それを口にしたのは里でその財産を一番に保有していた者であった。
事の深刻さを、年寄り達は改めて突き付けられた。
実際、銅駝の里はあまり豊かな土地ではなく、どちらかと言えば忍としての仕事で生計を立てていた部類だった。
世に泰平が訪れてからは、その仕事もめっきり減った。
おかげで村の若者は自らが生きるためとは言え盗みをする様になっていった。
曲がりなりにも忍としての訓練を受けた者達だ。そこらの百姓が捕まえるこの出来る相手ではない。
その様な現状を憂いた銅駝は先祖代々受け継いできたこの土地を離れ、もっと作物が実る土地へと移動することを提案したのだが。
やはり年寄り達は、そう簡単に首を縦には降らなかった。
銅駝は無論、年寄り達の気持ちも痛いほど理解していた。
忍という者の平均的な寿命はとても短い。
それゆえ運良く時代を生き抜いてきた年寄り達の中には、子を失った者も多い。
だから、彼等の今の拠り所は、先祖から受け継いだこの土地と、そして忍としての技術だ。
特に、生まれてから延々と修行を続け、伸ばし育んできたその技術、技は、もはや自らの子供と言っていいほど愛着のあるものだろう。
その2つを捨てろと言われたのだ。
2度、子を失うようなものだ。
簡単に頷く方が異常だろう。
否定的な反応を返されながらも、銅駝は必死に年寄り達の説得を続けた。
しかし、それも道中ばでーー、あの書状が届いた。
年寄り達は、厄介払いをするように銅駝を里の代表に選んだ。
また逆に言えば、里には既にある程度の戦闘技術を持つ忍は銅駝くらいしかいなかった。
銅駝は年寄りからの命令を甘んじて受けた。
銅駝の妻は、聡明な女性であった。
しかし体が弱く、忍としての仕事をこなすことは出来なかったものの、生活面、そして時に銅駝の任務に助言するなど、銅駝にとって無くてはならない女性だった。
そして銅駝にはそんな妻との間に2人の子がいた。
1人は今年で六つ、もう1人は去年産まれたばかりであり、まだ歩くこともままならない。
夫婦が協力していかなければいけない、これからと言う時期だった。
銅駝は幕府からの召集の事を、子達が寝静まってから妻に話した。
妻は小さく笑い、そして何も言わなかった。
わかっているのだろう。
この召集を断る事は出来ない里の現状を。
そして、おそらくこの召集に従った夫は、戻って来ない事を。
銅駝はもし自分が戻ってこなければ、里から出て欲しいと、正直に打ち明けた。
息子達には、自分の様な血生臭い殺人術に生きる道を歩んで欲しくないと。
妻はこれにも、小さく頷いただけだった。
銅駝は近くの町に住む友人に、既に話を通してあるのでそれを頼ること、と言い地図を。
そして当面の生活費となる金を渡し、銅駝は幕府の役人に連れられ、里から出る事になった。
皮肉なものだ、と銅駝は思った。
あれほど望んだ里抜けを、これ程暗鬱とした気分で迎える事になるとは。
満点の星空が、里から出る幕府の役人達と彼等に担がれた籠の中に座る銅駝を、白く照らしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます