第10話銅駝宇随の天地無用その4

今の銅駝の動きを見れば、現代人ならばスーパーボールを連想するだろうか。

狭い空間で、忙しなく跳ね続ける。

もちろん、銅駝は跳ねているだけではない。

壁、天井、そして短刀すらも無差別に足場にし、死流山に肉薄した瞬間、装備した短刀を突き付ける。

死流山はそれを当然の如くかわすが、しかしそうやって攻撃の度に床に落ちる短刀はまた別の短刀とぶつかって跳ね上がり、銅駝の移動の足場となる。

さらに銅駝は移動の間、時に小指のみで宙に浮いた短刀を絡めとり、その軌道を弾く様にして変えることで、「足場」速度を上げ、さらには攻撃に利用している。

ドン!ドン!と言う銅駝が足場を蹴る音と、甲高い短刀が弾きあう音が混じりあい、1つの音楽を奏でているようだった。

無地流・極の一「刀音とうおんの結界」

その結界は、死流山でさえも容易に脱出することを許さない。

始めは余裕綽々に体捌きだけで攻撃をかわしていた死流山も、今はその手に「灰塵丸」を構え、時にそれを用いて攻撃を防いでいる。

防がされている。

あの日本一を防御に専念させる……。

それはこの狭い空間と、銅駝の技量あればこその結果であった。


(……成る程……、これは……)

師の言葉も、頷ける。

死流山は銅駝の攻撃を捌きながら、そんな事を考えていた。

決して余裕があると言うわけではない。自分の首に迫りくる短刀には全て明確な殺意が宿っており、油断すれば簡単に首が跳ぶことを、死流山は理解していた。

しかし、どうしても、1度溢れだした記憶と言うのは、簡単に止める事が出来ない。

少し違うが、走馬灯のようなものだ。

死流山の師は老年で、既にその両腕に全盛期の輝きはなく、最後には立つこともままならない程だった。

しかしその経験と日本の物とは全く違う異能とも言えるような技の数々、そして剣の知識は全く衰えておらず、死流山と立ち合えばその経験から見える太刀筋の影響か。最後まで死流山の剣が師に当たる事はなかった。

そうと言うのも、死流山の師はこの梟を決める戦いの召集がくる少し前から重い病にかかっており、床に伏したきりとなっていたのだ。

いつ命の灯火が消えてもおかしくないという状況の中で死流病が届いた手紙を見せたとき、師は少し笑い、

「……ここならば……、お前を死に追い込む者に会えるやも……しれんな……」

と、ゆっくり死流山に言付け、役目を終えたかの様に動かなくなった。


少しの間過去に思いをはせ、死流山は再び銅駝に注意を向ける。

自分の目の前を高速で飛び回る銅駝。その動きは無規則であり、狙って一撃を叩き込むと言うのはかなり難しいだろう。

たがーー、死流山にとって、それは不可能というわけではない。

死流山は右手に握った灰塵丸を、真っ直ぐ真上に振りかぶる。

振りかぶった灰塵丸を支えるのは、右手1本のみ。

ガラガラと崩れ落ちる天井の音を聞きながら、死流山は静かにその時をまった。

数秒後、銅駝は完全に天井が、小屋の上部が崩壊する前に、渾身の一撃を死流山に放とうとするだろう。

そこを狙う。

その一撃が当たる前に、この長大な間合いを誇る灰塵丸で銅駝を一撃の元に沈める。

この少しでも近付けば顔と顔が触れあいそうな間合いでこの選択肢をとることが出来るのは、死流山だからこそ。


そして、天井を支えていた要となる木材が崩れ、小屋の崩壊の速度が一層増した、その瞬間。

銅駝が、勝負を決めにかかった。

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