第5話 梟の一声その5
佐久間は刀に手を置いてから、隙という隙を一切見せなくなっていた。
やはり、一流の剣士だった……という事だろう。
対する銅駝と合獣も歴戦の強者である。
佐久間の間合いを先の一撃から正確に読み取り、そしてお互いの攻撃を受けぬよう一定の距離を保ちながら牽制しあっている。
……今の所、後ろにいる忍が横やりを入れるということはない。
そんな重苦しい沈黙が続くなか、口を開いたのは。
「ちっ……、まぁ、楽じゃねーことがわかったよ。ここから逃げるって事がな」
銅駝であった。
彼はパチンの短刀を忍装束に付けられて専用の鞘に収め、くるりと佐久間に背中を向け、元いた場所に戻る。
「よくよく考えてみればあんたを今ここで殺して逃げたとしても麓でお縄になっちまうて可能性もあるからな……。ま、今は1抜けってことで」
「……そう言うことなら私も。戦うとどうやらただでは済まなそうなので」
そう言って合獣も刀を収めた。
「……荒事にならず、何よりです」
佐久間も刀を鞘に収めた。
同時に、先程まで放たれていた殺気も影を潜め、元の穏やかな物へと戻った。
「はいはーい!しょうがないね!大人ってのは!」
「……あ?」
そう言ってつかつかと銅駝の前を通り、佐久間の前に立ったのは、丑三終造であった。
そこは既に佐久間の間合いであり、少しでも丑三が不振な行動を見せれば、佐久間の刀が振るわれれば簡単に丑三の首が飛ぶ場面。
「ほい」
「……?」
しかし、丑三の行動は他が予想していた物とは全く違う物だった。
右手を前に広げて出し、佐久間の顔を見ている。
「なに阿保みたいな顔してんの?ちょーだいよ、「毒薬」」
「あ……、はい!わかりました」
1番の少年が、まるで菓子をねだるような顔で手を出すというのは、流石の佐久間も予想外だったのだろう。
少し間が空いたが、佐久間はすぐに毒薬を一粒、丑三の小さな右手に置いた。
「……ふーん……。まぁ、僕もあんな物騒な「異名」が付けられるくらいだからね。毒にはそれなりに精通してるつもりだったんだけどねー。……うん、この毒見たことないや。どこで作ったの?」
「異国から輸入された最新の技術を集めて作られたと聞いていますが……。すいません、私は毒学は専門外でして……」
「うん、しょうがないよ。研究してるの僕らみたいなはぐれものだけだし。まぁ、舐めたらいけない分野だけどね。……毒だけに」
そう言うと丑三はパクりと毒薬を口に入れ、飲み込んだ。
「つーかさぁ、結局今ここで毒薬飲まなかったら私達殺されるって事なんでしょ?じゃあ飲むしか無いじゃんって話ぃ」
そう言うと写楽も佐久間から毒薬を受け取り、飲み込んだ。
この2人を皮切りに、小屋の中にいる忍達は次々に毒薬をあおっていく。
最終的に残ったのは、銅駝と死流山、そして若干赤みがかった長髪の男の忍、鬼山だった。
(……そういえば意外だな、こんな状況に置かれて真っ先に暴れだすのは
鬼山煉獄の名は、忍の世界だけでなく、それ以外の武士、町人や百姓の間にも轟いている。
これ以上ない悪名として。
鬼山はこれまでに単独で大小合わせて100以上の村を焼き滅ぼして来た悪鬼羅刹の忍だ。
性格は好戦的と言う事で知られており、気に入らなければ仲間でも殺す……。
しかし今、鬼山は小屋の隅で腕を組み、何も言わず佐久間の話を聞いていた。
(行動を起こすとすれば……今か?)
奴ならば、佐久間、さらには山を取り囲む武士達との戦闘を避けず、むしろそれを好んで選ぶかもしれない。
(毒薬を渡す瞬間が佐久間に接近する1番の好機……。さて、どうなるか……)
そこまで考えた時。
ゆらりと、立ち上る炎の様に。
鬼山煉獄が、動いた。
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