第7話

そういえば、僕は対戦ゲームをしないでゲームセンターから出てきていた。ゲームのキャラクターの空手着のマークと僕のスマホに入っているウォレットの鳥居のマークが同じであることに憤りに近い恐怖を感じて、ゲームをせずに出てきていた。


対戦すれば戻れるのかもしれない。


一縷の望みに賭けるしかない。


「いつもありがとうね」

店のおばちゃんが小走りで僕らのテーブルに来て、タツヤの前にレシートを置いた。

「ごちそうさまでした」

タツヤは笑顔でおばちゃんにお礼を言うと、スマホでレシートの下に記載されているQRコードを読み込んで、金額入力スペースに「2」と入力し、確認ボタンを押した。その後、2アクタスの決済が完了したことを示す画面をおばちゃんに見せた。おばちゃんが笑顔で頷いたのを確認してから、タツヤは立ち上がった。この間わずか10秒ほどだ。


「んっ?今ので支払いは終わったんですか?」

僕は一連のやりとりの意味がよくわからず、小さな声でタツヤに聞いた。

「もちろん。スマホで決済、アクタスで決済。この世界の常識だよ」

タツヤはスマホを僕に見せながら、亀のマークのウォレットを指差した。

「亀?」

僕はタツヤのスマホに顔を近づけた。

「亀のマークだ。黄色い亀。これ、アクタスのウォレットですか?」

タツヤは頷いた。

「アキラくんは違うの?」

僕はポケットからスマホを出して、鳥居のアイコンをアキラに見せた。

「へぇー、このアイコン初めて見たよ。なんか格好いいね」

タツヤは興味深そうに、鳥居のアイコンを眺めている。僕は「初めて見た」と言うセリフが妙に気になった。

「ウォレットのアイコンって、人によって違うんですか?全員違うもの?」

「うーん、正直よくわからないだよね。少なくとも、僕と同じ亀のアイコンの人は何人も見たことがあるし、他の種類のアイコンもいくつか見ている。でも、アキラくんのは初めて」

タツヤはアキラにスマホを返しながら言った。

「そうだ。タツヤさんにまた会いたいときはどうしたらいいですか?携帯番号とか聞いてもこの世界では使えないですよね…」

この世界で1人は辛すぎる。僕はどうしてもタツヤとの繋がりを断ちたくなかった。

「携帯番号は使えないけど、この世界で使える番号はあるよ。さっきのスマホ貸して」

僕はタツヤにスマホを渡した。タツヤは僕のスマホの黒い鳥居のアイコンをタップした。


<現在のレート 1アクタス=507円 残高の日本円換算額 101,400円>


と書いてある画面の下の受話器のマークをタップした。すると、6桁の数字が出てきた。何度も見ている画面なのに、僕は、この受話器にマークに全く気づいていなかった…

「アキラくん、これがアキラくんの電話番号。この世界の」

僕はこのウォレットの機能に素直に驚いた。ウォレットタブに個人の電話番号まで付いていたとは…電話番号の画面には他人の電話番号を登録する機能もあるようで、タツヤは僕のスマホに自分の電話番号、6桁の数字を入力した。

「これが僕の電話番号。ここをタップすれば僕と電話できるよ」

タツヤは笑顔で僕にスマホを返した。

「あっ、僕もアキラくんの電話番号登録したいから、さっきのアキラくんの番号読み上げてよ」

今度は自分のスマホを取り出して、画面を操作しながらタツヤが言った。

「あっ、はい…」

なかなかこの展開についていくのが難しい。削除したくてもできない、この憎きアイコンの機能性に驚き、そして、その機能に乗っかろうとしているのだ。頭が少し混乱している。僕は、さっきタツヤが操作したように、鳥居のアイコンをタップして、画面下部の受話器のマークをタップした。電話番号が出てきた。一瞬、何のために? という疑問が頭をよぎったが、考えだすと深みにはまりそうなので、無理やり湧いてきた疑問を飲み込んで、自分の電話番号を読み上げた。


「ありがとう!登録したよ。僕からも連絡するね」

「よろしくお願いします」

僕は反射的に答えた。

「じゃあ、アキラくんはゲーセン行くんだよね。僕は帰るよ。じゃね、また」

タツヤは笑顔で去っていった。どこに行くのだろう? 1年程住んでいるというタツヤの自宅だろうか。タツヤはどんな家で、どんな生活をしているのだろう…


僕は、中華料理屋の斜め前にあるゲームセンターに再び入った。ここに入るのは3回目になる。


相変わらず騒がしい。ゲームセンターの騒々しさは、現実世界も仮想世界も全く変わらない。変わらないからこそ、なんだか妙に気持ちが落ち着く。


僕は目的のゲーム機に最短コースで向かって、そのままゲーム機の前の椅子に座った。椅子に座ってゆっくりとゲーム機に視線を合わせた。その瞬間、ゲーム機の画面が変わった。


<お帰りなさい。ユーザー名:アキラ>


もう驚かない。この展開は2度目だ。


<ユーザー名:アキラ 今ならリアル対戦が可能です。挑戦しますか。>


「もちろん」


僕はゲーム機に向かって答えると同時に、リアル対戦モードと書かれた赤いボタンを押して、スタートボタンを押した。前回と同様、僕が操作するプレイヤーの詳細画面が出てきた。


黒い髪に黒いハチマキのファイターが黒い空手着を着ている。空手着の左胸に小さな銀色のマークが入っている。僕のウォレットと同じ、神社の鳥居のマークだ。もはや、現実を受け止めるしかない…


<ユーザー名:アキラ リアル対戦を行う場合は、0.1アクタスが必要です。

下のQRコードを読み込み、0.1アクタスの決済をしてから対戦して下さい。>


「なっ?金を取るのか…まぁ普通取るか…」


僕はすぐに冷静になり、スマホを取り出し、ゲーム機の指示通り、ゲーム機の下部に表示されているQRコードを読み込んだ。金額入力スペースに「0.1」と入力して、確認ボタンを押した。さっき、タツヤが中華料理屋で決済をしていたので、やり方は覚えている。スマホには決済が完了したことを示す画面が出てきた。


すると、ゲーム機の画面が変わった。


<ユーザー名:アキラ 決済が完了しました。誰と対戦しますか?>


今回は対戦相手が選べるようだ。画面の下半分には2人の対戦相手候補が出ている。1人は「ゲンブ」という名前でレベル30と書いてある。もう1人は「ヒメ」という名前でレベル10と書いてある。


「レベル30? 勝てるわけないだろこれ」

僕のレベルが8で、前回倒した「カツラギ」がレベル7だったから、さすがにレベル30は無謀な戦いだろう。僕は「ヒメ」を選択した。キャラクターは女性だ。


対戦が始まった。


対戦相手のスピードが早くて、なかなかダメージを与えることができない。相手の素手による攻撃にはそれほどの威力がないが、剣を使った攻撃をしてくるので、これに当たるとかなりのダメージを受ける。なかなか相手のダメージを減らすことができないまま、10分以上が経過している。僕は暑くもないのに、シャツが汗でびっしょり濡れている。


ゲーム中、違和感が幾度となく襲ってくる。何なのだろう…これは本当にゲームの対戦なのだろうか。うまく表現できないが、全てが重い。ゲームなのに相手の気迫が生々しいまでに伝わってくる。こちらがダメージを受けるときも、物理的に痛くはないはずなのだが、何かしら体に響くものがある。


なにより、対戦していて怖くて仕方がない…


20分程が経過して、ようやく僕の必殺技が当たるようになってきた。相手の集中力が切れてきているのかもしれない。ここで一気に勝負を決めないと、僕がやられてしまう。僕は、汗でスティックを持つ手が滑りそうになりながら、一瞬たりとも攻撃の手を緩めなかった。


「終わった…」


僕は、椅子に座りながら、過度の緊張感と疲労感とで気を失いそうになっていた。呼吸も乱れて、汗でびっしょりになっている。何なんだこのゲームは。


僕は、エネルギーがゼロになる直前の相手のキャラクターの目が頭にこびりついて離れない…これはゲームだ。ただのゲームだ。それなのに、ゲーム上のキャラクターの目が生きている人間の目に見えた。生きている人間の最後の無念な目力が間違いなくそこに見えた…


勝ったのに全く爽快感がない。嫌な後味と恐怖感しかない。


ゲーム機の画面には、大きな文字が現れた。


<おめでとうございます! 景品500アクタスをGETできます! >


「500!?」

前回よりもかなり多い。僕は<受け取る>と書かれたボタンをタップした。そして、ポケットからスマホを取り出して、黒い鳥居のアイコンをタップした。


<残高 699.9アクタス>

<現在のレート 1アクタス=540円 お客様の日本円換算評価額 377,946円>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る