第6話
どうすれば良いのだろう。僕は完全に帰る道筋を失ってしまった…
現実世界と繋がる廊下がなくなり、前回のようにゲームセンターから出た時に光に包まれて戻ることもできなかった。
この世界で生きていかなければならないのだろうか。あまりにも辛すぎる。僕はまだ高校生だ。現実世界の普通の高校生なのに。何でよりによって僕が…
涙が出てきた。
次から次へと涙が出てきて止まらない…
僕はしばらくの間、ゲームセンターの前で体を震わせながらうつむき続けた。涙が止まらないので、顔を上げることができない。たとえ、顔を上げたとしても、次にどう行動したらいいのかわからない。このまま消えてしまいたい…
「アキラ君?」
聞き覚えのある声がした。この世界で僕の名前を知っているのは、あのゲーム機とさっき会った彼しかいない。
「大丈夫?」
僕は涙で顔を上げることができないので、うつむいたまま、もう一段深くうつむいた。
タツヤに声を掛けられた後も、しばらくは何もできず、その場でうつむいたまま立ち尽くしていた。ようやく涙が引いてきた。僕は大きく深呼吸をしてから、顔を上げた。横を見ると、タツヤが心配そうに僕を見ている。タツヤもしばらく無言で、立ち尽くす僕に付き合ってくれていたようだ。
「腹減らない?」
突然、満面の笑みを作ったタツヤが聞いてきた。そういえば、学校で昼ご飯を食べてから何も食べていない。学校帰りにこの世界に再度迷い込んできたが、どの位の時間が経過しているのだろう。時間の感覚が全くない。タツヤに聞かれて、一気に腹が減ってきた。
「腹減った…」
僕は疲れ切った表情で、絞り出すように答えた。
「よし、じゃあ、オススメの中華料理屋があるからそこに行こう!安くて美味いぞ」
そう言ったタツヤは僕らが今いるゲームセンターの斜め向かい側を指差した。指先の方向を見ると、中華と書かれた黄色い看板がある。
「あっ」
僕はインターネット上の掲示板に書かれていたやり取りを思い出した。そういえば、この中華料理屋を薦めている人がいたっけ。
「どうしたの?この店行ったことあるの?」
タツヤが少し驚いた顔で聞いてきた。
「いや、行ったことはないよ。」
「そっか、ここはマジで美味いよ。俺が奢るからさ」
僕は、タツヤに連れられて、初めてゲームセンター以外の仮想世界の店に入った。
何の変哲もない普通の中華料理屋だ。仮想世界にいるのに全く何の変哲もないのだ。町の中華料理屋そのもので、年季の入った厨房でおじちゃんが威勢よく中華鍋をふっている。決して広くはないが、おばちゃんとバイトのような若い女性がテキパキと動いている。お客さんもたくさんいる。ビールを飲んでいるサラリーマンのグループもいれば、若い男女混成グループもいる。僕らは、ちょうど空いていた4人掛けのテーブルに案内された。
「あの。ここって仮想世界なんですよね」
僕は椅子に座るなり、身を乗り出してタツヤに聞いた。
「うん、そうだよ。現実世界ではないよ。」
タツヤは店内をゆっくりと見渡している。
「でも、みんな現実世界から来た人なんですよね?みんなここに住んでるんですか?」
堰を切ったようように疑問が口から出てくる。
「うーん、俺もよくわからないんだよねぇ。現実世界には戻れず、ここで生活している人もいれば、現実とこっちを行き来している人もいるし」
タツヤは相変わらず店内を見渡しながら、少し困った表情で答えた。
「はぁ、なるほど…で。タツヤさんはどっちなんですか?」
僕はタツヤの目のじっと見ながら聞いた。もう核心を避けるような会話は嫌だった。
「俺は前者。戻れない、というか、戻らない道を選んだ。だからこっちに家もある」
タツヤは視線を僕に合わせて、ゆっくりと、淡々と答えた。僕は、この世界に住んでいる人がいることに驚いた。
タツヤがテーブルに置いてあるメニューを手に取って、僕に見せた。
「俺のオススメでいい?これ」
タツヤの指差す先を見ると、ラーメンと餃子のセットと書いてある。少し黄ばんだ年季の入ったメニューだ。食べ物の名前の右側には値段だろうか、数字の「1」とだけ書いてある。
「この1というのは何ですか?値段?」
「そう、値段。単位はアクタス。タツヤ君も持っている仮想通貨」
僕は鳥肌が立った。この仮想通貨は本当に使えるお金だったのか。
「1アクタスということは…」
僕はスマホをポケットから取り出して、黒い神社の鳥居が描かれているアイコンをタップした。
<現在のレート 1アクタス=508円 残高の日本円換算額 101,600円>
「508円。セットでこの値段は安いですね!」
タツヤの優しい目が大きくなった。
「結構、使いこなしてるじゃん。アクタスの財布」
タツヤに言われて、僕も自分自身の行動に少し驚いた。ほぼ無意識のうちに、アクタスのレートを確認していた。
「じゃあ、ラーメンと餃子のセット2つ!」
タツヤは大きな声で、店内を所狭しと動きまわている店のおばちゃんに注文した。
タツヤはこの世界で生活して1年程で、この世界のことを何でも知っていた。どこに美味しい店があって、コンビニがどことどこにあって、夜まで営業している店はどこにあって、等々…タツヤの話を聞いていると、別の町に引っ越した友人の話を聞いているようで、気を抜くと、自分が仮想世界にいるという事実が薄れていく。
「お待ちどうさまでした。セット2つね」
急におばちゃんの元気な声が聞こえた。
「おっ、来た来た」
話題の中心が一気にラーメンと餃子のセットに向かった。
「うまそう」
僕は思わず大きな声を出した。周りが賑やかなので、僕の声が目立つわけではない。でも、間違いなく、この世界に来てから一番大きな声を出している。
夢中になって食べた。お腹が空いていた事もあるが、食べている時間は不思議と気持ちが安定していた。仮想世界から帰れない、というシビアすぎる現実を束の間忘れることができた。とても美味しかった。懐かしい醬油味のラーメンと、野菜がたくさん入ったあっさりした餃子。ほっとする味だった。
ご飯を夢中で食べた後も、しばらくタツヤと話をした。観光地のおすすめ情報に詳しくなるように、少しずつこの世界のガイドブックに載るような情報は溜まってきた。
でも、本当に知りたい情報は違う…
タツヤに、どうやったら現実世界に戻れるのか、ということを聞いた。でも、タツヤもわからないようだった。タツヤも何度か偶然現実世界に戻れたようだが、4回目のこの世界へのトリップの後、戻ることができなくなり、そこからこの世界の住民になっている。僕もタツヤのようになってしまうのかもしれない。
タツヤから聞いた話の中で気になることがあった。タツヤは3回、この世界から現実世界に戻れたのだが、3回とも僕と同じように強烈な光に包まれて、目を開けると現実世界、という展開だったようだ。しかも、3回ともゲームセンターでリアル対戦をしてから、帰るときに光に包まれたようだ。
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