第3話

正直、掲示板を読むのが怖い。


やっとの事で、あのよくわからない仮想世界やアクタスなる謎の仮想通貨の手掛かりになりそうなスレッドを見つけたのにも関わらずだ。


僕はポケットからスマホを取り出して、ホーム画面を見つめた。ホーム画面には、この1週間僕を悩ませ続けたアイコンが不気味に居座っている。アイコンを削除してしまえば良いのかもしれないが、1回も試していない。試すのが怖かった。試したとして、削除ができなかったら、僕はどうなってしまうのだろう。不安の底に突き落とされるかもしれない。


仮想世界について、そしてこのアクタスという仮想通貨について知りたいという気持ちと、知れば知るほど深みにはまりそうで知りたくないという気持ちが交錯している。気持ちが分裂しそうだ。


「ふぅぅ」


長く息を吐いて、前に進むことに決めた。


僕は、青字になっているスレッドのタイトルをクリックした。たくさんのコメントのやりとりがある。最近の更新は3ヶ月前で止まっているようだ。


<負けられないなぁ。僕ももっとアクタス稼ぎます!>

<私の残高は100アクタスですっ>


なんだこれは?ずいぶんと明るいやり取りだ。スレッドを間違えたのかもしれない。改めて、スレッドのタイトルを確認したが間違いではなさそうだ……


どうも調子が狂う。ゲーム感覚でやっているのだろうか。まぁ、僕以外にもあの仮想世界に行って、アクタスを持っている人がいることに少しだけホッとする。僕だけじゃないんだ。しばらくやり取りを読んでいると気になるコメントがあった。


<アクタス/日本円のレートはこちら→123※※※※.actus>


リンク先が貼られている。レートに関する手掛かりがあるかもしれない。でも、このアドレスに遷移しても大丈夫だろうか。遷移することで、僕のパソコンがウィルスにでも感染したら……ここまで来たら行けるところまで行った方が良いかもしれない。既に僕のスマホにはウィルスのような厄介ものが入り込んでいるのだし……僕は、おそるおそるこのリンク先にカーソルをあわせてクリックした。


すぐに画面が遷移した。


ギョッとした。真っ黒の背景に白い文字と数字とグラフ……無機質極まりないサイトだ。アイコンと同じじゃないか。ウィルスに感染してもおかしくないほどの怪しさだ。


白抜きの部分を見てみると、アクタス/日本円の現在のレートと10年分の価格の推移を表すチャートが記載されている。それ以外は何もない。本当に何もない。

このサイトのアクタス/日本円の現在のレートを見ると、1アクタス=520円とある。


僕は、机の上に置いてあるスマホを手にとって、黒い神社の鳥居が描かれているアイコンをタップした。


<現在のレート 1アクタス=520円 残高の日本円換算額 104,000円>


「おーっ! 同じだ。しかも増えてる」


純粋に驚いた。怖いというよりも、なんだかスッとした気分だ。このアクタスなる謎の仮想通貨は、サイト上にレートが表示されており、そのレートと僕のスマホのウォレットに入っているアクタスのレートは同じなのだ。ちゃんとしているじゃないか、とすら思った。残高の換算額が増えていることに対する喜びも初めて感じた。


しかも、10年分の価格の推移を表すチャートがあるということは、少なくとも10年間はこの仮想通貨が存在しているということになる。チャートの見方についてはよくわからないが、父親が株式のチャートをよく見ているので、なんとなくどういうものかは知っている。父親が見ているものに似ている。父親が見ているチャートに比べて価格の動きが激しくはなさそうだが、10年間刻々と価格が変動しているのがわかる。


このサイトを管理している人はあの仮想世界についても知っているに違いない。なんとかして連絡を取りたいと思うのだが、どう見ても、このサイトにはその手掛かりがない。なにせ、レートとチャート以外何もないのだ。連絡先の記載もなければ、お問い合わせフォームなどという気のきいたものもない。このサイトからリンクする先もない。


とはいえ、十分な収穫だ。


これ以上このサイトを眺めていても、新しい情報が得られそうもないので、再び掲示板のやり取りを読むことにした。


どうも明るいコメントばかりで嫌になる。怖くはないのだろうか。どうやったら仮想世界から戻ってこれるのか、行ったこと自体を忘れたい、スマホの画面からアイコンを消したい、誰に相談すればいいのか、などなど、悩みを共有するようなコメントが多いとばかり思っていた。みんなは仮想世界との縁を切りたくないのだろうか。僕は、早く縁を切ってしまいたい。こんな不安な状態で日々を過ごすのは嫌だ。


<あの世界でオススメのお店ある?>

<ゲームセンターの斜め前にある中華料理屋、めちゃくちゃ安くてうまいよ。>

<そんな安いの?>

<ラーメンと餃子のセットで1アクタス!>

<おーっ!>

<今度行ってみよう。>


なんなんだこれは?


観光地かなんかの掲示板か?呆れるほどに明るい。僕がこんなにも不安に打ちひしがれているのに……あんなわけのわからない世界に行って楽しめるものなのだろうか?僕は苛立ちを感じてきた。


あの仮想世界では、アクタスが通貨になっていて食べ物が食べれる、ということはわかった。でも、僕にとってはどうでもいい情報だ。


もうあの仮想世界には行けないのだから。長い廊下があった神社の物置が、ただの掃除道具とダンボールだけの物置になってしまったのだから。2度とあの仮想世界に行くことができないのに、僕のスマホには仮想世界との繋がりが存在し続けている状況がなんとも気持ち悪い。いや、気持ち悪すぎる。


どのみち行けないのであれば、この仮想世界との繋がりを断ち切って、あの謎の仮想世界のことを忘れた方が良いのだ。


僕はもう疲れた。


普通がいい。

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