第2話
僕は、誰もいないグラウンドをぼーっと眺めていた。
数学の授業中なのだが、今日も自習の時間になっている。今日も、というのは、1週間前から数学の先生が骨折をして学校に来れないからだ。珍しいことがあるものだ。学校の先生が休むというのはあまり聞いたことがない。先生は毎日休まずに学校に来るという一方的な偏見がある。僕は学校が嫌いだが、この葛木先生のことは結構好きだ。だから、数学の授業は比較的真面目に聞いているし、成績も僕の中では良いほうで、自称数学は得意科目だ。葛木先生は、1週間前から足を骨折しているようで、あと2週間は学校に来れないらしい。3週間出歩くことができないとは、余程の骨折に違いない。
葛木先生は、あまり屋外でアクティブに活動するイメージの先生ではないので、骨折という状況が少し意外だった。葛木先生もゲームが好きで、何度かゲームの話をしたことがあった。だから、インドア派なのかなぁ、と勝手に思っていた。偏見だったのだろうか。
まぁ、いずれにせよ、ただでさえつまらない学校が、よりつまらなくなってしまうことは間違いない。
僕は、1週間前に謎の対戦ゲームをして以来、毎日のように学校帰りにゲームセンターに通っている。ゲームセンターに通っていると言っても、ゲームをすることが目的ではない。ゲーム機を探しているのだ。あの日、よくわからない繁華街のゲームセンターでプレイをした謎の対戦ゲームを探しているのだ。1週間探しているのだが、全く見つからない。秋葉原中のゲームセンターを回って探しているのだが全然見つからない。
ないはずはないのだ。僕のスマホには仮想世界での出来事が明確に刻まれているのだから……
僕は、ポケットからスマホを取り出し、黒い神社の鳥居が描かれているアイコンをタップした。すぐに、スマホの画面にシンプルなページが現れた。なんだか悪趣味な、黒い背景に白抜きの文字だ。
<ユーザー名:アキラ>
<残高 200アクタス>
<現在のレート 1アクタス=508円 残高の日本円換算額 101,600円>
「どこかにあのゲームがあるはずなんだ」
僕は自分のスマホに表示されたウォレット画面を見ながら、あの日の出来事が現実のことであることを改めて確認した。
あの日以来、毎日スマホのウォレット画面を眺めているし、秋葉原中のゲームセンターであのゲーム機を探している。インターネットで”アクタス”とか”リアル対戦モード”とか、色々と検索ワードを入れて手掛かりを探しているのだが、全く何も見つからない。何がなんだがわからない。あの日の出来事が夢なのだとすれば、実際にこのスマホに入り込んでいるウォレット画面はなんなんだ。しかも、見るたびにレートが変わっている。レートが変わるということはどこかに交換所のようなものがあるはずなのに何も見つからない…わけがわからない。
僕は悶々としながら、自宅に向かって川沿いに自転車を走らせた。いつものように神社が見える。手掛かりはここにしかないのかもしれない。この1週間、手掛かりを探してはいたものの、神社の物置に行くことは躊躇していた。僕の心の底では、夢であって欲しいと望んでいるのかもしれない。いざ、神社の物置に行って、再び1週間前のような展開になってしまうと、仮想世界で起こった出来事を認めざるを得ない。僕自身がその存在を完全に認めてしまうことが怖いのだと思う。
スマホには仮想世界での出来事が明確に刻まれてはいるが…完全には認めたくない。
僕は意を決して、神社の前に自転車を停めて、ゆっくりと鳥居をくぐった。僕の目線は正面の社殿にはなく、その右側にひっそりと置かれている物置のみに向かっている。恐怖心からか、歩く速度が徐々に遅くなり、手が汗で湿っている。
物置の前に立つと、ひと呼吸して、扉に手を掛けた。ゆっくりと力を入れて扉を右にスライドさせた。あの日と同じく、こめた力が無駄になる程あっけなく扉は開いた。
「何もない……」
僕はホッとした。
物置の中は、ありきたりな、僕の想像の範囲内の物置の様子だった。境内の掃除に使うであろう道具類があったり、何が入っているのかわからないダンボールがあったり。唯一、僕の物置に対するイメージと違ったのは、物置が新しいからなのか、掃除が行き届いているからなのか、埃にまみれて物でいっぱい、という様子ではない、ということくらいだろうか。いずれにせよ、普通の物置だった。
どこにも長い廊下は見当たらない。
良かった…
家に帰ってから、なんとなくインターネットで色々調べてみた。物置には何もなかったのだから、もう調べなくても良いのに、という考えが頭の片隅にはあったのだが…しばらく調べるというか、ネットサーフィンをしていると、怪しい掲示板を発見した。頻繁に書き込みがされている掲示板ではあるが、どのスレッドを見ても怪しい。何が怪しいか。スレッドのタイトルがことごとく怪しい。薬物であるとか、密輸であるとか、ヤバい匂いがプンプンする掲示板だ。特に気になるスレッドもなかったので、最後に検索窓に”仮想 アクタス”と入力した。
嫌な予感がした。
僕は、少し間をおいてから、<検索>ボタンを押した。
「あっ……あった」
頻繁に更新されているスレッドではなかったので、他のスレッドに埋もれていたようだが、<アクタス(仮想通貨)持ってる人〜>というタイトルのスレッドが存在していた。
僕は手掛かりを見つけてしまったのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます