僕の現実世界のスマホに仮想世界で稼いだお金が入り込んでしまった。少しづつ現実と仮想の境界が曖昧になり…

うえすぎ あーる

第1話

「はぁ、やっと昼休みが終わる」


僕は、男子便所の小さな窓からグラウンドとグラウンドの中を動き回る物体を眺めるのをやめて、ゆっくりと教室へと向かった。両腕には窓のレール跡が赤い線となって、くっきりと残っている。


いつものようにつまらない授業に耐え、それ以上につまらない休み時間を乗り越え、ようやく解放される。どうも学校というものに馴染めない。成績は中の上くらいか。コンスタントに70点近くは採れる。友達もそれなりいる……はず。僕自身、あまり人に自分のことを言わず、愛想笑いをしているばかりだから、相手が自分の事をどう思っているのか正直よくわからない。でも、修学旅行や社会見学等でグループを作るときは、特にあぶれることもなく、なんとかやってこれている。まぁ、それなりに高校というミニ社会でうまく立ち回れているのだと思う。でも、何をやってもつまらない。つまらないというか、心が揺さぶられないというか、真剣になれない。なぜだろう。


学校と家との往復は専ら自転車だ。自宅から学校がある秋葉原までは自転車で20分くらいだろうか。周りの同級生と比べると近い方だと思う。川沿いを走って帰るのが好きで、今日も神田川沿いを走らせた。川沿いを走っていると小さな神社が目に入る。普段から見たことのある神社だ。いつもなら特に気にせず、通り過ぎてしまうのだが、今日はなぜか気になる。2年近く同じ道を通学に使っていて初めて、この小さな神社の前で自転車を停めた。住宅街の中に紛れている神社で歴史がありそうな趣だ。よく見ると、かなり立派な神社だ。道路沿いから見ると、文字通り小さな神社だが、鳥居をくぐり、左右を見渡すとかなり広い境内があり、奥行きもある。


こんなに大きな神社だったのか。僕は、神社の佇まいに心が惹かれてしまい、しばらく行ったり来たりしながら神社を眺めていた。特段、神社が好きなタイプというわけではないのだが。5分程は眺めていただろうか。ふと、社殿の横にある小さな物置が気になった。神社の古さに比べて、随分と新しい物置のようで、この厳かな空間に全くもって似つかわしくない。この物置だけ、別の空間に置かれているようだ。


『物置を開けてみたい』


普段の僕ならあり得ないような大胆な衝動に駆られた。あまりの非日常的な衝動に僕自身びっくりした。他人の敷地内の物置、しかも、ここは神社だ。勝手に開けて良いことなど、あるはずもない。バチが当たるかもしれない。開けてはいけない、という理由ばかりがいくつも頭に浮かんだが、衝動が優ってしまう。僕は、ゆっくりと物置に近づいて、物置の扉に手をかけた。新しい物置だからか、少し力を入れるとすぐに扉は右へスライドした。


「えっ!?」


物置の中に長い廊下がある。物置のサイズからすると長い廊下などあるはずもない。僕の空間認識能力がバカになっているのだろうか。廊下のずっと先に不安定な光が見える。寒気がした。でも、なぜか外に出ようという気には全くならず、ゆっくりと光のあるところへ向かって歩いた。狭いが奥行きのありすぎる廊下だ。ずっと先にある光のおかげで真っ暗ではないが、光の通る道筋以外は真っ暗だ。振り返ると僕が開けた物置の扉は見えない。後は真っ暗闇だ。怖くて仕方がないのだが、足が止まらない。僕は光のあるところを目指してしばらく歩き続けた。


2分くらい歩いただろうか、ようやく光の出所が見えてきた。前方に古いアンティークのドアがあり、僕の目線に小さな窓がある。そこから光が届いていたのだ。この小窓から見える光は、不安定な光ではない。


僕はドアの取っ手に手をかけ、勢いよくドアを押し、ドアの向こう側へ一歩踏み出した。


「……んっ? ここはどこだ」


どこかの街に出てきてしまったようだ。風情のある街並みだ。どこかテレビで見た昔の花街のような雰囲気がある。が、ここは東京だ。しかも僕の通学路のエリアだ。東京の地元で生まれ育って16年、それなりに実家の周辺の街は知っているが、この光景は見たことがない。地元の近くにこの街並み……頭が混乱してきた。


歩けば歩くほど、この街の広さに驚く。石畳の道路が縦横無尽に走っており、道沿いにたくさんの店舗が並んでいる。焼肉屋、イタリンアン、アジア料理、居酒屋など、食べ物屋はもちろんのこと、雑貨屋や靴屋や本屋など、完全に繁華街だ。訳がわからない……


これ以上この場に居たくない、と思っていると、少し先にゲームセンターという見慣れた文字が見えた。僕は逃げるようにゲームセンターに向かって走った。ゲームセンターに入るといつもの騒々しい音が聞こえ、ゲームに熱中する人たちの姿がたくさんある。ホッとした。


気持ちを落ち着かせるために、ゲームセンターの中をぐるっと一周した。僕はゲームセンターが好きで、普段から秋葉原のゲームセンターに通っている。通っていると言っても、学生の身分なのでお小遣いの範囲内だ。不思議な街のゲームセンターのゲーム機を見ていると、見たことのないゲームがあった。よく遊んでいる対戦型の格闘ゲームなのだが、やったことがない。新作なのかもしれない、と思い、ゲーム機の前の小さな椅子に腰掛けて、一通りゲーム機の画面や説明書きを読んだ。


「んっ?」


ゲーム機に珍しい説明書きが書いてあった。


<リアル対戦モードなら1回までは無料! しかも、勝者には景品も!>


リアル対戦モード。確かに、ゲーム機を見ると、通常の対戦モードとリアル対戦モードを選択できるようだ。僕は対戦型のゲームは得意で、最近よくやっているオンライン対戦ゲームでは、成績上位者として名前が出ているのが密かな自慢だ。腕には自信がある。


気持ちを落ち着かせるためにも1回挑戦してみようと思い、僕はリアル対戦モードと書かれた赤いボタンを押してから、スタートボタンを押した。プレイヤーの操作方法はゲーム機の説明書きで既に読んでいる。普段から対戦型ゲームをやっているので、だいたい似たような操作方法だ。ゲーム機に大きく描かれているメインキャラクターというか、無難なキャラクターを選択した。名前を入力する画面が出た。オンライン上で対戦ができる仕様なのだろう。迷うことなく、普段使っている名前であり、本名でもある、アキラと入力して、対戦を開始した。


僕は、自分がよくわからない繁華街にいることを束の間忘れて、ゲームに没頭することができた。普段通り、相手の出方を見ながら、一気に間合いを詰めて攻撃を仕掛けた。優勢に対戦を進めているのだが、なかなか対戦が終わらない。自分のキャラクターのエネルギーがゼロになる前に、相手のキャラクターのエネルギーをゼロにすれば勝つことができる。これは普通の対戦型ゲームと同様だが、妙にエネルギーの減りが遅い。7分程経って、ようやく相手のキャラクターのエネルギーがゼロに近づいてきた。ゼロに近づいてきてからがまた長かった。相手のキャラクターはものすごく粘り強かった。ゼロにはさせまい、という執念のようなものすら感じた。


「勝った!」


ようやく勝つことができた……ぐったりと疲れてしまった。ゲームでここまで疲れたのも久しぶりだった。よくわからない繁華街に来てしまったから、精神的に参っているかもしれない。


ゲーム機の画面を眺めていると、大きな文字が現れた。


<おめでとうございます! 景品200アクタスをGETできます! >


「そうだった。景品がもらえるんだった。アクタスってなんだよ、コインみたいなものか……」


もらえるものはもらっておこうと、僕は<受け取る>と書かれた画面の領域をタップした。すると、画面にQRコードが出てきた。QRコードの下にはまた説明書きがある。


<アクタスを受け取るためには、専用のウォレットを作成する必要があります。スマートフォンで、表示されたQRコードを読み取って下さい。その後、スマートフォンに表示される指示通りに手続きを進めれば簡単にウォレットを作成できます。ウォレット作成と同時に景品分のアクタスが入庫されます。>


ゲームセンターのコインを受け取るためにスマホにウォレットを作る? しかも、僕がいるのはよくわからない繁華街の中のゲームセンターだ。怪しすぎる。とはいえ、スマホにウォレットを作らないと景品はもらえない。僕は少し悩んでから、ポケットからスマホを取り出した。無線LANはつながっているようだ。目の前の画面に表示されているQRコードをスマホのカメラ機能で読み込んだ。すぐに、僕のスマホにウォレット生成用のページが表れ、指示に従って手続きを進めた。手続きはとても簡単で、名前と生年月日を入力してから、利用規約に同意する、というボタンをタップするだけだ。自分のウォレットを確認すると、確かに<残高 200アクタス>と記載されている……と、その下の表示を見て、僕の顔は恐怖で引き攣った。


<現在のレート 1アクタス=512円 残高の日本円換算額 102,400円>


「10万円!? 嘘だろ……」


対戦ゲームに勝っただけで10万円もらえるなんて有り得ない。手が震えてきた。僕は怖くなって、一刻も早くゲームセンターから出たかった。ゲームセンターの出入り口を目指して全力で走った。どこに行けば良いのかなど考えている余裕がなかった。早くこの場から逃げたかった。ゲームセンターのドアを乱暴に開けて、外に出ると、一瞬にして目の前が光に包まれた。しばらくは目を開けることができない。


少しして、目が慣れてきた。


僕は、神社の鳥居の下にいた。

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