第308話あ、ありがとう

 わたしは犬が苦手だ。


 その理由は、小さいころに道端で吠えられたからだと思う。


 どんなにモフモフでかわいくても。


 どんなにキラキラの瞳を輝かせても。


 道端ですれ違うときはピクリと身体が反応してしまう。


「……あ」


 そう思っていた学校の帰り道。


 正面から犬が歩いてきた。


 首輪がないから、おそらく野良犬だと思う。


 舌を出しながら呼吸するその口元には、鋭く白い歯が光っていた。


 どうしよう。


 動けない。


「ん、大丈夫か?」


 そこへあなたがやってきて、固まっているわたしに声を掛けた。


 犬は何事もなく通り過ぎていって、道の角を曲がっていなくなった。


 どんなにビクビク怯えていても。


 どんなにガクガク震えていても。


 小さいころ、あなたはわたしの前に立って、犬から守ってくれたのを思い出した。


 もう、高校生になって、あなたはそんなこと忘れているようだけれど。


 道端で声を掛けられたときは、ピクリと身体が反応してしまう。

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