第290話はは、オレまだ死んでねーし

 わたしは麦茶を淹れる。


 大きなポットに大量の氷を入れて、そこに麦茶のパックを放り込む。


 豪快に水を注いでしばらくすると、ポットの中身は濃い黄金色で満たされた。


 額の汗を拭いながら、わたしはこれをグラウンドまで運んでいく。


 野球部。


 そこでわたしはマネージャーをしている。


 夏の日射しとセミのガヤで、部員たちは脳みそが融けそうだ。


 それでも一斉に声を張り上げ、じゃじゃ馬のように跳ねる白球に手を伸ばす。


 その中でひときわ、あなたは砂まみれでボールに喰らいついた。


 きっとその先に、プロの世界を見ているからだ。


 灼熱の太陽みたいに燃えたぎる瞳が、自分の向かう未来を見据えている。


 だけどわたしは知っている。


 足の怪我が完治していないことを。


 痛みに耐えながら顔を上げるあなたは、入道雲に重なるフライを遠い目で見ていた。


 やっぱり不安を抱えているのだろうか。


 わたしには想像することしかできない。


 先の見えない敵と戦いながら、あなたは心を顔に出さない。


 それでも麦茶を飲み干したその表情に、わたしのほうが元気をもらってしまう。

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