第270話料理のことを褒められると、実は結構うれしいのです

 わたしが好きな人は、一つ上の先輩だ。


 その先輩がよく行くお弁当屋さんがあると聞いて、わたしはあることを思いつく。


 そのお店でバイトすれば、合法的にわたしの手料理を食べさせることができるんじゃないかって。


 だからさっそく面接を受けることにした。


 わたしの愛で、胃袋を掴んでやる!


 そして数日後。


 思いのほかすんなり面接に受かり、お弁当屋さんで働くことになった。


 しかも、初日から厨房の仕事を任せてくれるという。


 おそらく手作り弁当を持参したプレゼンが功を奏したのだろう。


 面接でのウケはよかったし、これで手作り料理を食べてもらえる確率はグッと上がった。


 そして厨房についた数時間後、カウンターのあたりで男の子の声が聞こえた。


「これください!」


 その人は憧れの先輩――ではなく、同じクラスのあなただった。


 クールな先輩とは違い、ちょっとガサツな印象がある。


 わたしは舌打ちして唐揚げ弁当を作りはじめた。


 そしたらまたお店の扉が開く。


「これください」


 そう注文したのは本命の相手、先輩だった。


 しかし頼んだ弁当の数は二つ。


 恐る恐る視線を上げると、後ろにきれいな女の人がいた。


 先輩の彼女だった。


 知らなかった、付き合っていたなんて……。


 ――次の日。


 力なく厨房で働いていると、今日もあなたがやってきた。


 唐揚げ弁当を頼んだあと、嬉しそうに厨房の方を覗いてくる。


 なに見てるんだよと思っていたら、あなたは「昨日の弁当、めちゃおいしかったぞー」と陽気な声をかけてきた。

 

 まったく人の気も知らないで。


 わたしは失恋で頭がいっぱいなんだ。


 仕事に集中……あ、うっかり分量を間違えた。


 仕方ない。


 唐揚げ一つサービスしとくよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る