第254話アンタその調子だと、社内恋愛もヤバイって

 わたしは人を殺しました。


 そう供述している姿が目に浮かぶ。


 右手には赤く染まったナイフ。


 ひとけのない路地裏。


 目の前にはうつぶせになったあなた。

 

 時間が経つにつれ手のしびれを感じた。


 カランとナイフの落ちる音がして、今まで自分が握っていたことにようやく気付く。


 なんでこんなことになったのか。


 わたしは遠く空を見上げた――。


 あなたとの出会いを思い出す。


 あれは大学の飲み会がきっかけだった――


 ――――


 大学に入学して間もないころ。


 親睦を深める理由で何人かの生徒が集まった。


 だけどわたしはこういうのが苦手だ。


 どちらかといえば独りで本を読みながら妄想に耽るのが好きなタイプだ。


 なのにやたらテンションの高い男女に囲まれて辟易する。


 ウーロン茶のコップに口をつけていると、手前の席で小説を読んでいる人が目に入った。


 それがあなただった。


 明らかに場違いな行動だ。


 飲み会に来て本を読んでいるのだから意味がわからない。


 なんというか……己の道を貫いている感じだ。


 そんな姿が気になって声を掛けたのがはじまり。


 あれから数カ月後。


 気付いたらわたしたちは付き合っていた。


 趣味も合うし、お互い将来のことを話したりもした。


 楽しい日々は続き、こんな日がずっと続くと思っていた。

 

 けれど、そうはならなかった。

 

 あなたは浮気をしていた。


 インテリで端整な顔立ちのあなたは、数多の女性から誘惑を受けていたらしい。

 

 そしてわたしを裏切った。


 許せない。


 わたしの憎悪は膨らんだ。


 そして我に返ったとき、血のついたナイフを握ったまま立ち尽くしていた――。


 ――――


 という妄想を友達に話したのだが、「なにそれ?」という反応が返ってくる。


 本の読みすぎだと言われるが、わたしは「この世に絶対なんてないよ」と返す。


 つまり心配しているのだ。


 このまま大学受験に受かったら、インテリイケメンの彼氏ができるかもしれない!


 …………


 だから悩んでいる。


 受験するか就職するか。


 こんなことを別の友達に話すと、「妄想が激しい」と、やはりツッコまれた。

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