第234話シャドウ・ブレイカーズ

 小さい頃に「影踏みゲーム」というものをやっていた。


 鬼役が相手の影を踏み、踏まれた人は負けというゲームだ。


 女子陸上部に所属しているわたしは、今なら負ける気がしないと思っている。


 けれど男子帰宅部のあなたには、一度も勝ったことがない。


「え、僕と勝負したいって?」


 高校二年の夏を前に、わたしはあなたに挑戦した。


 太陽の光が雲間から覗いたのを合図に、実に十年ぶりの戦いが幕を開ける。


 戦いのエリアはこの街すべて。


 わたしはスタート直後にダッシュを決めて、あなたの足下にスライディングした。


「なぁんだ、その程度?」


 そんな言葉が聞こえたと思った直後、あなたの姿が消えた。


 咄嗟に気配を感じて上を向くと、軽やかに宙を舞ったあなたが太陽の中心と重なっていた。


「へぇ、よく気付いたね」


 クールなメガネを指で押さえながら、あなたは鷹のように上空から落下してくる。


 影を踏まれる直前、わたしは後方にバックステップを踏んで動きを躱した。


 あなたの鋭い爪先がコンクリートにめり込んで亀裂を走らせる。


「次はないよ」


 そこから刺さった足を軸に身体を回転させ、あなたはものスゴい勢いでわたしに突っ込んできた。


 思わずガードしたけれど、あなたの蹴りが腕の上から入ってわたしは住宅街の壁に吹っ飛ぶ。


 二、三棟のマンションを貫通してようやく止まった身体を起こすと、穴の向こうであなたが力を解放し、帰宅部の構えで「来い!」と挑発する。


 ――フフフ、おもしろくなってきた!


 微笑を湛えるわたしは渾身の力を拳に乗せるが、ところで今までなんのゲームをしてたっけ?


 考えるのも面倒臭くなって、「ま、いっか」と二人は熱くなる。

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