第226話ひぐらしの鳴き声と、夏の終わり

 わたしはひぐらしの鳴く声が好きだ。


 セミ自体はあまり好きじゃないけど、ひぐらしの声だけはなんかいい。


 物悲しさを覚えるけれど、どこか落ち着く。


 こうやって夕暮れ時に空を見上げていると、夏の終わりを身近に感じてしまう。


「ひぐらし好きなの?」


 そこへ現れたのはあなただ。


 手にセミを持ってわたしに渡そうとしてくる。


 ちなみにそれはアブラゼミだよ。


「…………」


 セミを空に逃がし、とりあえずあなたを横に座らせた。


 今日は男子水泳部の大会で、あなたは朝から出掛けていたはずだ。


 時間をみるからに、さっき終わって帰って来たのだろう。


 なんか物静かだけどひょっとしてこれは……。


「結果は散々だったよ」


 わたしが言う前に、あなたはそう言った。


 体育座りのまま、顔は膝の辺りで伏したままだ。


「…………」


 しばらく言葉を失う。


 あなたはこの夏のために練習を頑張っていたのを知っているからだ。


 しかし思うようにタイムが伸びなかったのも事実。


 帰宅部のわたしが語ることじゃないと思うけど、あなたの寂しい背中が心に痛い。


「…………」


 沈黙が満たす夕暮れの下で、ひぐらしの鳴き声が遠くに響く。


 あなたはうつむいたままで、とても静かだった。


 夏の終わりを前に、わたしたちは肩を並べてただ座っている。


 座って夕日を眺めているだけ。


 夏は終わるかもしれないけど、あなたはまだ終わらないと思った。


 だって夕日を眺めるその瞳は、まだ燃えているように見えたから。


「がんばれ」

 

 そんなふうに言葉では言えなかったけど、代わりにわたしはちょっとだけ涙を流す。


 来年はきっと、この鳴き声もちがって聞こえるだろう。

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