第208話野球少年とガムの味

 嫌なことを消せるガムが売っているらしい。


 嫌なことを想像しながら膨らませて破裂させると、そのことを簡単に忘れてしまうそうだ。


 どこからともなくそんな噂が広まっている。


 野球少年のあなたは、そのガムをかなり欲しがっていた。


「実はオレ……」


 放課後にわたしを呼び出して、あなたは悩みを打ち明ける。


 この間の試合で大きなミスを犯したせいで、ボールが打てなくなったそうだ。


 チームに迷惑をかけてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいだという。


 あのミスを忘れたい……。


 そんな切なる願いから、藁をもすがる思いでガムを探しているのだという。


 元気のないあなたを見ていると、なんとかしてあげたいと思った。


 わたしは部活のない日に打ち合わせて、二人でガムを探しに出掛ける。


 近所の駄菓子屋やスーパー。


 ショッピングモールにアーケード街。


 あらゆる場所のお菓子売り場を探した。


 正直な話、本当にガムが見つかるとは思っていなかった。


 実際、夕暮れまで探してもガムは見つからない。


 気まずい空気が流れる。


 けれどあなたはこれでよかったという。


 ガムは見つからなかったけど、こうしてわたしと二人の時間を過ごすことができた。


 その時間こそ消せない想い出。


 以前より好きだったわたしとデートができて、あなたは元気が出たという。


 それからしばらくして、あなたは試合で大きなホームランを打った。


 観客席からその様子を見ていたわたしは、思わず立ち上がる。


 あなたはベースを回りながら、わたしに向かって大きくガッツポーズをとった。

 

 嫌なことを忘れるガムはなかったけど、試合後に食べたガムの味は、時が経った今でも忘れることなく覚えている。

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