第203話柱のキズ。ジュースのシミ。セミの声。

 冬物の服が部屋に出しっぱなしになっている。


 季節はもう夏だ。


 外ではセミの声が鳴り響くそんな季節に、不釣り合いな長袖セーターが壁に掛けたままになっている。


「そろそろ仕舞うべきか……」


 腰を上げると、僕はセーターを掛けたハンガーに手を伸ばした。


 と、そこで玄関のチャイムが鳴る。


 ハンガーを壁に戻して、僕は扉のチェーンを外しに行った。


 そこで待っていたのは女子高に通う君だった。


「よっ。久しぶり!」


 元気そうに手を振りながら白い八重歯を覗かせる。


 笑った顔を見るのは久しぶりだ。


 かれこれ半年ぶりの再会だろうか。


「ま、入ってよ」


 僕は部屋の中に招き入れる。


 君は「なつかしいね~」と言いながら家の中に視線を巡らせていた。

 

 昔の話だが君はよくここに遊びに来ていた。


 家が近所だったからすぐ仲良くなれたし、柱のキズも床にこぼしたジュースのあとも今ではみんな思い出だ。


 部屋に入った君はベッドの上に腰を下ろし、ポンポンと身体を弾ませる。


 そして目に入った長袖のセーターを見てこんなことを言った。


「あ、わたしのあげたセーターじゃん。まだ出してるの?」


 もう夏だぞ。


 と君は視線で訴えてきた。


 僕は「今から仕舞うんだよ」と言いながらも、頭では別のことを考えていた。

 

 実は今日、告白するために呼んだんだ。


 言えないままになっていたけど、もう黙っていられない。


 僕が口を開きかけたそのとき、君は割り込むように「わたし、好きな人ができたんだ」と呟いた。


 近くの高校に通う男子生徒らしい。


 白い八重歯を覗かせる君は、とても輝いて見えた。


「……そっか。よかったね!」


 ――それ以降、長袖のセーターはずっと押入れの奥に仕舞ったままだ。

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