第199話〆

 締め切りが迫っていると催促された。


 携帯端末の着信を見ると、君から百件以上の通知が届いている。


 今朝から手ぶらで外出していたせいで連絡に気付かなかった。


 どうしよう、締め切りまで一時間もない。


 ――ちなみに僕の職業は小説家だ。


 文学とは無関係の専門学校を卒業後、新卒の研修期間中に投稿した小説が、とある賞の選考に引っ掛かった。


 受賞とまではいかなかったけど、選考通過したことが嬉しくて新作を書き続けた。


 改稿と分析を繰り返し、それから四年後に初めて賞を受賞する。


 ペンネームで発表した処女作は大ヒット……にはならなかったけど、本屋で自分の作品を見たときには感動した。


 あの日のことが懐かしい。


 それからまた四年が過ぎた。


 現在、発表している商業作品は一つもない。


 それでも、もともと物語をつくるのが好きだった僕は、ネットに色々な作品を投稿して研究を続けていた。


 今までにない新しい世界が開けるような気がして、実験的に様々な作品を作り続ける。

 

 そんなある日、とある筋からシナリオの仕事をしてみないかと依頼がきた。


 初めての仕事で返事をためらったけど、興味があったので挑戦してみることにした。

 

 そして現在――シナリオの締め切りが迫っている。


 デッドラインまであと僅か。


 三分の一が白紙。


 ああ、もうおしまいだ……。


 僕は百件以上の着信を消去する。


 君の怒った顔を思い浮かべながら、僕はコピー用紙を手に取る。


 ――このまま頭の中も真っ白にしたい。


 そんなことを思いながら、ゆっくりと空を見上げた。

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