第176話笑顔は大切なときにとっておくものだよ

 あなたの笑った顔を見たことがない。


 教室で授業をしているときも、お昼に食事をしているときも、表情のスイッチが切れてんじゃないかってくらいシーンとしている。


 だからわたしは思いついた。


 無理矢理あなたを笑わかせてみよう。


 放課後にあなたを呼び出して教室に残ってもらった。


 事情を話してみたが、あなたはノリ気でない。


 ねばった挙句、時間はとらせないことを条件に、なんとか付き合ってもらった。


 よし、ここからはスピード勝負だ。


 とりあえずこそばかしてみよう。


 試しに脇の下をコチョコチョしてみる。


 しかし、あなたは静まり返った表情で遠くの景色を見ていた。


「えぇ……ホントになにも感じないの?」


 わたしは間髪入れずに次の手に移る。


 今度は腰回りをコチョコチョした。


 ……しかし、これもまた同じ結果に。


 あなたはのんびり流れる雲を眺めながら、無表情を決め込んだ。


「う~ん、どうすれば笑うの?」


 思わず口にすると、あなたは困ったように首を捻って考える。


「好きな人と付き合えたら……」


 そんなことをボソリと言った。


「え?」


 わたしが聞き返したときには、もうスイッチが入っていたのかもしれない。


 あなたは真剣な顔(無表情)でわたしを見て、


「ぼ、僕と付き合ってください!」

 

 そう言い切ったのだ。


「う~ん……ゴメンナサイ」


 だがわたしは頭を下げる。


 今はそういうのに興味がないんだよね。


 ま、他の子を当たってちょうだい。


 そう言うとあなたは突然泣き出した。


 今まで見たことのない表情で。


 どうやら感情を抑え切れなかったらしい。


 そんなあなたにわたしは言う。


 どうせなら笑顔が見たかったよ。


 だから他に好きな人ができたら、そのときは思いっきり笑ってほしい。

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