第172話機械じかけのオレンジ

 あなたから大事な話があると言われ、わたしは放課後の教室に呼ばれた。


 ひとけのない場所に二人きりで、なにを言うつもりだろう。


 まさか、これは愛の告白――。


 そんなことを想像しながら廊下を歩いていると、あなたのクラスに辿り着いた。


 心臓の高鳴りを抑えるように胸に手を当てる。


 深呼吸を二、三度して、引き戸に手を掛けた。


 勢いよく開かれる扉。


 斜陽に染まる教室。


 そして――


「きゃぁぁァーーッ!!」


 そこにはうつ伏せに倒れるあなたの姿があった。


 なにコレ。


 まるでミステリードラマの殺害現場じゃない。


 とは言いつつも冷静に状況を分析するわたし。


 よく見るとあなたの指先は黒板の方を指している。


 それに沿うように視線を向けると『首筋のボタンを押してくれ』とチョークで書かれた文字を発見した。


 再び視線を戻すと、あなたの首筋には丸いボタンがついている。


 これほくろじゃないよね?


 押せと言ってるのはこれのこと?


 しばらく悩んだあげく、わたしは思い切ってボタンを押した。


 するとどうだろう。


 身体がビクンと跳ねて、あなたは目を覚ます。


「助けてくれてありがとう」


 そんなふうに、お礼を言われた。


 あなたは自分がロボで、しかも寿命が近いことを告白するためにわたしを呼んだのだという。


 そして力尽きる前に、好きな人に気持ちを伝えたかったのだと――。


 わたしは顔が赤くなる。


 心臓の音がこれまでにないくらい早い。


 ――うれしい。


 まさか本当に愛の告白を受けるなんて。


 ――――


 そう思った瞬間。


 わたしは床の上にゴトリと倒れた。

 

 ……こんなときに最悪だ。


 もう少しこの気分を味わいたかったのに。


 実はわたしもロボだ。


 せっかく人間の恋を体験できたと思ったのに。


 ――ねぇ、あなた。


 とりあえず首筋のボタンを押してくれない?

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