第160話梅雨入りのバス停で、わたしたちはなにげなく

 雨の降るバス停は静かで、わたしはただ一人ベンチに座っていた。


 周りはドがつくほどの田舎道で、定規で計ったような正方形の田んぼがどこまでも続いている。


 蛙の鳴き声と、まだ植えたばかりの緑の苗。


 バス停のトタン屋根を打つ雨音と、山の向こうにけぶる濃い霧をぼーっと眺めて時間を過ごしていた。


「あーつめてぇ」


 ――視界に入り込んだのは、そう言いながらずぶ濡れの犬みたいに頭を振るあなただった。


 部活が終わって着替えたばかりだったのか、手には野球の道具やユニフォームが詰まったバッグを持っている。


 白いシャツはボタンが一つズレており、なにを慌ててたんだかと想像する。


 水を吸って重そうなズボンは足にひっついて、あなたは気持ち悪そうに呻いた。


「…………」


 傘も差さずに走ってきたみたいだけど、夏場だからといって油断できないよ。


 バカでも風邪は引くんだからね。


 ちゃんとタオルで拭いたほうがいい。


 口には出さないけど目で語ってみた。


 そしたらあなたは「……俺はバカじゃないぞ」と半眼でこちらを睨む。


 なんでそこだけ伝わってるの?


 変なところでエスパーだね。


 そんなどうでもいいやりとりは続く。


 そしたらバスが来る前に雲間から光が射し込んだ。


 雨粒を弾いた苗が青々と風にそよぐ。


 バスが来るまでまだ半時間もある。


 あなたは「ん~っ」と背伸びしたあと、ベンチから立って次の駅まで歩き始めた。


 何も言わず、わたしもついて行く。


 狭いコンクリートの道路。


 重そうなバッグを持つあなたの左手。


 それを横目に、わたしは右手を差し出そうか迷ったりして。

 

 そんな静かな帰り道。


 梅雨明けは近いよと、蛙が水路を平泳ぎする。

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