第159話弱・中・強――扇風機に隠されたもう一つのボタン

 僕は新しい扇風機を買った。


 暑い季節を乗り切るにはぜひともほしいアイテムだった。


 クーラーもいいけど冷たすぎるのは苦手という僕にはちょうどいい。


 さっそく開封して中身を出してみた。


「ああ、いい風だ……」


 部屋の隅まで届く涼しい風。


 そしてうたた寝を邪魔しない程度に静かな羽根の回転音。


 これはいい買い物をした。


 スイッチを入れたまま横になっているとあることに気付く。


 風量を示すボタンの中に見慣れない文字があった。


「雪……おんな?」


 弱・中・強の隣に「雪女」と書かれたボタンがある。


 意味がわからない。


 説明書を見ても保証期間のことしか書いていない。


 考えた末、実際に押してみることにした。


「どうも、雪女でっす!」


 ボタンを押した瞬間、雪女が入ってきた。


 君は何者だ?


 ああ雪女か……って納得できるかよ!


 僕が一人エキサイトしていると、君は楽しそうにベッドの下に手を入れる。


「う~ん……ここにえっちい本はありませんねぇ」


 勝手に探るなよ!


 さらにアツくなっていると、「まぁまぁ」と言って君は人差し指を立てた。


「暑くなったらわたしの出番です!」


 と言って指先に集まる冷気を一気に放出させる。


 すると三秒と経たないうちに身体の熱が消えていった。


 同時に部屋も氷柱が垂れるほど凍りついてしまう。


 新品の扇風機もカチカチに……。


「……てへ、やっちゃいましたね☆」


 てへぺろな君は氷漬けの扇風機を抱えると「保証期間には余裕がありますので!」と言って笑顔でこの部屋を去って行った。


 まるで雪風のごとく。


 消え去った……。


 …………え?


 何しに来たんだよ?


 沈黙と冷気が部屋を満たす中、僕は氷漬けのベッドで横になる。


 ぼーっとしながら、ふと、こんなことを呟いた。


 ……うん、やっぱり冷たすぎるのは苦手だな。

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