第154話あなたは黙る。ガラスのストローは乱反射する。

 あなたは黙る。


 机の上には広げたハンカチ。


 その上に散乱されたガラスの破片。


 これが何を意味するのか?


 答えは数分前に遡る――


 担任の女性教師が、外国から珍しいものを買ってきた。


 懐から一本の管のようなものを取り出す。


 それをかざしながらこう言った。


「これは職人が作ったガラスのストローなんだ」と。


 手間がかかるから、とても値が張るらしい。


 透明な管の中で反射する光が虹色にきらめいて、わたしは思わずストローにうっとりしていた。


 そんなとき、ふとあなたと目が合った。


 あなたは視線を逸らし、少しそわそわした様子だ。


 どうしたんだろう?


 その理由はわからないまま、時間は過ぎた――


 そして放課後。


 先生が、うっかりストローを教卓に忘れたことを思い出す。


 わたしはいてもたってもいられなくなって、教室に戻った。


 するとそこに人の気配があった。


 誰だろう?


 そぉっと覗いてみると、それはわたしの知ってる人だった。


 ――あなただった。


 ハンカチにガラスの破片を集めている。

 

 それはまさに……あのストローだ。

 

 割れていた。

 

 割ってしまった。


 しかも最悪は続く。


 このタイミングで、先生が教室にやってきた。


 わたしは隠れて様子を窺う。


 先生は「どういうこと?」と眉を顰めた。


 すぐさまあなたは椅子に座らされ、尋問を受ける。


 先生はここまでの経緯を問うが、あなたは黙ったままだ。


 わたしはマズイと思い、思い切って口を開く。



「ごめんなさい、わたしがやりました!」



 そう。


 割ってしまったのはわたしだ。


 実は先生が忘れて去ったあと、わたしは教室に戻ってストローを手に取った。


 そこで手を滑らせて落としてしまったのだ。


 怖くなって破片はそのままにしたけれど、まさかあなたが先に入るなんて……。


 しかもあなたは、わたしの身代わりになろうとしている。


 それだけはダメだ……!


「ごめんなさい!」


 わたしはもう一度頭を下げる。


 ただ、その姿を見た先生はぜんぜん怒らなかった。


 違和感を覚えたわたしが顔を上げると、先生はにっこりと微笑んでわたしの肩をたたく。


 もしかして……。


 最初から知ってたの?


 さらに先生はあなたに一言告げて教室を去っていった。


「罪をかぶるんじゃなくて、ちゃんと言葉で伝えなさい」だって?


 どういう意味だろう?


 ふと見ると、夕日のせいかあなたの顔は赤い。


 二人だけの教室を、温かな斜陽が包む。


 ガラスの破片は夕日を帯びて、淡い桃色に揺らめいていた――

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