第151話マウンドの僕は下を向く。フェンスの向こうで君は描く

 僕は野球部に所属している。


 努力をしている割にはレギュラーになれる気配はない。


 よくある話さ。


 今日もボールを投げていると、フェンスの向こうに人影が見える。


 レギュラーのイケメンピッチャーを応援しにきた女子たちだ。


 その中に君の姿もあった。


 君はいつもスケッチブックを持って何かを描いている。


 けっこう一生懸命やっているから、イケメンピッチャーをスケッチしているのだと察しはついていた。


 個人的にはどんな絵を描くのか気になる。


 ちょっと聞いてみよう。


 休憩のタイミングでフェンスを抜けて、君のもとへと行ってみた。


「ひゃっ!」


 ――後ろから肩を叩いたら驚かせてしまった。


 一言謝ったあと、絵を見せてくれないか聞いてみる。


 すると「アニメの練習」をしていたと返答された。

 

 アニメ?


 野球の投球フォームを作画すると、いい練習になるそうだ。


 そうなんだ。


 君はアニメが好きなんだね。


 そう言うとスケッチブックで顔を隠し、「うん」と頷く。


 自分の好きなことを好きと言えるのは恥ずかしいことじゃないよ。


 誇ればいいと思う。


 そう言った途端、野球に夢中だったハズの自分を思い出した。


 正直、今の僕は結果が出せてなくて「好き」という感情から遠のいていた。


 そんな僕の前で、君はスケッチブックをパラパラとめくる。


 紙の世界で躍動するのは、ただひたすらにボールを投げ続ける野球少年の姿だった。

 

 それはあのイケメンピッチャーではなく、僕だった。


 紙の上の少年はまだ諦めていない。


 そんな瞳をしていた。


 ――あれからしばらく月日が流れた。


 僕は未だにレギュラーになれる気配はない。


 だけど君が描いたもう一人の僕が。


 今でも心に火を点けてくれる。

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