第143話締め切りの女神が最期に教えてくれたこと

「わたしは締め切りの女神です」


 そう名乗る君は両手を広げて微笑んだ。


 何? 新しい遊びか?


 君はムカつくくらいのドヤ顔を近づけて僕の耳元で囁く。


「まだ原稿上がってないんだって? ん? ちょっと貸してみ?」


 実は文芸部に提出する小説が完成していない。


 僕は毎日ペンを走らせるが全然ダメだ。


 ストーリーを考えて少し書いてはやり直す日々。


 これが続いているものだから締め切りまでに間に合いそうもない。


 だから君は進捗状況を見に来たのだろう。


 部員でもないのに親切だね。


 とりあえず原稿に目を通して出た言葉はボツの一言。


 アイデアが枯渇してダメだと嘆く僕に、君は全面的に協力すると提案を持ち掛けた。


 今さらだけど改めて君は変わり者だと思う。


 休み時間は教室の後ろで僕のほうをじーっと凝視しているし、授業中は鼻歌ばかり歌ってなんだか楽しそう。


 それが日常化したせいか先生も特に指摘することはない。


 そんな君とコミュニケーションがとれるか心配だった。


 だが、会話すると意外になんでもなかった。


 趣味の話や好きな小説の話なんかをしているうちに新しいアイデアが浮かんで筆が進む。

 

 これはいけるかも。


 しかし物語が後半に突入したとき恋愛描写が書けなくて行き詰まった。


 最悪なことに、僕はこのパートに時間を使いすぎて締め切りを破ってしまう。


 力及ばず悔やむ僕のもとに君は現れる。


「今度は落としちゃダメだよ」


 そう言うと、君の身体は光の粒になって消えた。


 ――え?


 僕は夢でも見ているのか?


 君が本当に締め切りの女神なら、それを破った僕のせいで消えてしまったのか?


 そんな、まさか……。


 ――そう思い始めてから胸の辺りが痛い。


 どういうわけか恋愛パートが完成したのはそのあとだった。

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