第141話いつか沈む海の世界と、機械になった君と観る夕日

 君の取扱説明書を渡された。


 僕が高校生になったばかりのころの話だ。


 人口が少ないこの島で、君とその両親は不慮の事故で死んだ。


 不幸にも船に乗っている最中の出来事だったという。


 ここは海面が上昇して地上がほとんど沈んだ世界。


 死者は棺に入れて海に流す風習があった。


 君たち家族も水平線の彼方へと消えていった。


 あの魂みたいに揺らめく夕日が忘れられない。


 それからしばらくして、博士である君の祖父はありえないものを造った。


 君そっくりのAIロボだ。


 自らの寿命を悟り、僕にこのAIを託すという。


 いずれこの島は沈む。


 その前に広い世界にこの子を連れ出してほしいと言う。


 本物の孫に別れを告げるように、博士は数日後、持病の悪化で息を引き取った。


 後日、僕たちは旅に出る。


 学校や島を去るのはつらいけど、このAIがいるとなぜか元気が出た。


 きっと君にそっくりだからかもしれない。


 機械だけど、その笑った顔が懐かしい。


 それから青い海と空の下、静かな凪のような数カ月を僕たちは過ごした。


 そんなある日、月夜の海で僕たちは海賊に襲われる。


 大怪我を負った僕は海の底に沈むが、なんと海へ飛び込んだ君によって助けられた。


 なんとか辿り着いた島の病院で、僕は君の血を分けてもらう。

 

 そこでわかった。


 君はAIじゃない。


 フリをしていただけだったんだ。


 そういえば博士の一家は、金目当てで脅迫を受けることがしばしあった。


 あのとき君の家族が死んだのも、そういった事件に巻き込まれたのが原因だ。


 孫娘をAIとして生かした祖父。


 その真実を知る者は、今となっては僕たちだけ。


 余談だけど君の説明書には、博士の隠し財産の在処が書かれていた。


 このことを僕たちが知るのは、もっとあとの話。


 今はただ前を見て。


 揺らめく夕日に、船は進む。

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