第140話あなたは梅雨の時期に耳を隠す。わたしは灰色の空に耳を傾ける

 あなたはなぜか梅雨の時期だけヘッドホンをする。


 五月も中ごろ、わたしは教室の窓から雨の匂いを感じていた。


 鉛色の雲が沈黙を保ったまま東の空へと流れていく。


 これは来るな、と思った。


 少し早い梅雨の訪れに、案の定あなたは敏感に反応した。


 次の日からヘッドホンはあなたの標準装備となる。


 なんでそれを着けているのか聞いてみたけど、音楽を聴いているせいかこちらの声に気付いていない。


 というか無視されてる?


 周りとの接触を避けるために着けているのかな?


 窓の外で合唱するカエルの声に耳を傾けて、わたしはひとり考える。


 考えたまま放課後を迎え、気付けば帰宅して部屋の真ん中で大の字になっていた。


「……わかんない」


 考えることに時間を割くのはやめて、今日もだらだらとすごそう。


 雨音を消さない程度に音楽を流し、静かな外の景色を見ているうちに眠たくなった――。


 次の日の朝。


 通学路であなたはカエルに驚いて目を見開いていた。


 その様子にピンときたわたしは尋ねてみる。


「カエル苦手なんでしょ?」って。


 予想は当たっていた。


 あなたは鳴き声を遮るために、ヘッドホンを着用していたようだ。


 ちなみに何の音楽聴いているんだろう……。


 わたしはヘッドホンを奪って耳に当ててみる。


 それはわたしが部屋で流している音楽だった。


 古い曲なのによく知ってるね。


 他の曲はないの?


 聞いてみると、あなたは「うちにレコードがあるけど」と言った。


 珍しいね、ちょっと聴いてみたいかも。


 ――――


 それからというもの、雨の日はあなたと過ごす時間が増える。


 窓を叩く雨粒もカエルの合唱も初めてのレコードも心地いい。

 

 灰色の空の下。


 ゆっくりとまどろむわたしの隣で、静かにあなたは寝息を立てる。

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