第139話ハサミで狙われ続ける僕は、切り続ける君の理由を知る

 僕は髪を切るのがきらいだ。


 特に理由はないけれど、なんとなくだらんと伸びた髪が気に入っている。


 うちの学校は髪型が自由だから、このまま伸ばしておこう。


 短髪にしろというのなら転校すら考えたかもしれない。


 それくらい僕は髪を切らない人間なんだ。


 ただ、これを許さないヤツが一人いる。

 

 それは君だ。


 髪の長い男子を見ると自らカットしたくなるらしく、愛用のハサミを取り出して問答無用で切ろうとする。


 この間なんか昼休みに購買部に並んでいるところを後ろから狙われた。


 油断も隙もあったもんじゃない。


 僕の安息の地はどこにあるんだ……。


「ここは……?」


 そんなとき転機が訪れた。


 ゴミを捨てに行ったときのことだ。


 焼却炉のそばの、プレハブ小屋が気になった。


 いつもは鍵が閉まっているのに、開いていたからだ。


 周りに誰もいないことを確認して中に入る。


 すると柔らかいソファがあった。


 周囲にはたくさんのダンボール。


 室内は清掃されていて、埃っぽくなかった。


 秘密基地みたいで居心地がいい。


 よし、昼休みはここで食事しよう。


 居場所を見つけた高揚感から、つい顔がほころんだそのとき、僕の首元にハサミが添えられた。

 

 ……君が後ろに隠れていたのだ。

 

 動くとコロスと言わんばかりの気迫に怯えていると、君は自分の秘密をバラしはじめる。


 ちなみにダンボールに入っていたのはマネキンの頭部。


 将来美容師になりたい君は、ここで大量のウィッグを使いカットの練習をしていたのだ。


 僕の髪は練習にもってこいだそうで、今ここで切らせてほしいと言う。

 

 だけど僕は断った。


 君が夢を叶えるまで待ってほしい。


 そのとき君の店に行くから。


 そのとき思い通りに切ってほしい。


 そう言って、この日僕たちは別れた。


 ――――


 ――それから早二年。


 僕は椅子に座る。


 鏡越しにハサミを握る君は、いつになく嬉しそうだ。

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